師より実力は低く境地もまだまだと思っていた・・のに、ある日が来た。
稽古の途中で技の秘伝を分かり易く教える師匠。
当然ながら、自分もその秘伝に気がついていなければ、悟れないのは当然なこと。
例えて言えば、どんなに美味い餅を食べたとしても説明してる相手が食べてなければ、その美味さは分からない。
なぜ、私が人は先生と慕ってるのに、わたしは師匠として考えるのか・・答えは簡単、師匠が弟子と認めてくれているからです。(笑)
師匠は、弟子として認めていなければ極意や秘伝、奥義を目の前でやっても、その手の内を教えてはくれない。
いや、そもそも追いついてないと分からないと思うのです。
・・そう、とうとうその日がきたのです。
また、一歩・・新しい領域に入りました、
どうりで今まで以上に力を抜いてやったのにも関わらず、技が効きまくるわけだ。(笑)
同様に凄い先生の弟子である人と稽古したら通じ合うレベルであった事を感じた瞬間に現実を確信した。(相手の動き神経というか気が、お互いに見える)
合気道というものをやるのを捨てて(守、破、離)が、師匠から教えを学ぶと決めてからの突然の出来事に驚きと興奮を感じる。
さて、旅にでかけたら美味しい酒でも買ってこようかな。
合気道を始めたきっかけは、母親。
『お前は、身体が弱くていじめられっこだから武道かなんかをやった方がいいよ!』
と言われて、色々やって・・辿り着いたのが合気道。
今では、文武両道ほ教えが人生に役立っている。
今日は、はからずも母親の誕生日。
亡き母が、くれた逆誕生日プレゼントかなと感謝して、更にステップアップしていくぜぃ!!!
ご来訪、誠にありがとうございます。
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