宮本武蔵の五輪書のなかに「よこしまなき事を思う所」つまり邪心は相手に伝わるということです。身近な話をすると、自分が嫌いな人は相手も同じだと言うことです。心当たりはありませんか。これは意識するしないに関係なく相性とか波動とか最初から合わない人がいる訳ですから、自分に危害を加えようと考える相手がいたとしたら、平常心を保てれば、達人でなくても何かを感じることは不思議でもなんでも無い事だと言えます。私は人の想念と言うものは物質的なものだと考えています。だいぶ前の話ですが、稽古時間の後に先輩と稽古をし、互いに終了後すわって挨拶をした瞬間に先輩がふざけてなぐりかかるところを押さえ込んだ経験がありますが、私の目は畳を見ていた訳〔すきだらけ〕ですが、「相手の攻撃の気配を瞬間に感じたと同時に一教で押さえ込んでいた」ということです。人の想念〔意識〕は物質でありエネルギーだと思いますので、相手に向かって何も出さないようにしています。攻撃しようという相手にたいしても普通に近づくだけです。「心は水月の如し」と言う言葉がありますが、心は何の思ふも無き物也。うつる水の上の月の如し濁たる水に映る時は、月も朧(おぼろ)也。又いさぎよき水に映るときは、月も清月也。〔自分の心を清浄に保っていれば、相手が何を考えているのか、即座に判る〕ということです。 五人肩押し崩し