足さばきの基本は古武道から来ていると考えて間違いないと思います。道場の入門者には理解し、守ってもらう基本①撞木(しゅもく)の足②継ぎ足(ひろげた足を戻す)。右に行くときは右足から、左は左足から、前は前足から、後ろは後ろ足から。なぜ守らなければならないのかは道場で説明しています。
永禄九年、武田勢により滅亡した西上州の要、箕輪城。
真田幸隆(昌幸の父・一徳斎)は戦に負けて三年間居候、箕輪勢の軟弱な基礎を見抜き、武田信玄の家来に転身後出世し永禄九年に敵となり箕輪に勝利、倉賀野を拠点に西毛地域を差配、伊香保温泉もこのころ整備。時代は流れ、北条の家臣となっていた上州武士は豊臣の家臣、前田利家の軍勢に押されて信州上田塩田村へ真田昌幸をたよって落ち延びました。