2月に入ったあたりから持ち物の整理を始める。
これから先に持っていくものとそうでないものを選別しはじめる。
我ながら思い切ったことをしたかもしれないと思う。
部屋の中がより洗練された様子に変わっていく。
ミニマリストを目指しているわけではない。
シンプルにノイズを減らしたいだけ。
3月に入ると蔵に仕舞い込まれたままのモノの整理を始めた。
ほとんどが平成初期頃までの時代を感じさせるものだった。
貰い物、引き出物といった、結局使われることがなかったモノたちもいた。
自分からしてみれば、そんな時期もあったんだなと思う程度。
問答無用でゴミとして仕分け、まとめていく。
そこにあったモノの思い出は、次の世代には届くことはない。
少しでもお金に換えようかなとフリマアプリを使ってみたりもした。
似たようなものが売れ残っている形跡もある。
出品して、やりとりして、梱包して・・・
次第に何かが違うなと思うようになる。
そして考え方が変わる。
無理に引き取り手を探して循環させようとするのはやめよう。
最後に行き着く先は同じかもしれない。
だったら、ここで断ち切ってしまおうと。
残されたものを引き継いでまで、自分たちのことを後回しにする必要はない。
供給の多くなった時代のものは、潔く処分することを選んだ。
「これ、いりませんか?」というのをやめよう。
「こういうの、ありませんか?」というのに答えよう。
モノが多すぎる世の中だからこそ、じっくり選ぶ必要があるんじゃないかなと思う。
それが”贅沢”というものなのかもしれない。