宗教の勉強をしていると、

差別や迫害、虐殺、テロ、戦争…と

暴力の面を見ることになる。






なぜ差別が始まるのか、

それは自分と異なるから。






異質なものに対して人は恐れをもつ。

それは当たり前。






肌の色や服装、言葉など、

見慣れないものや知らないものは

急には受け入れ難い。










だからこそ知る必要があると思う。





相手のことを、他者のことを。









そして人間はそろそろ学ばねばならない。





人は宗教や信仰を簡単には

捨てられないということを。










人の一生の何倍もの長い時間

生き延び続けている宗教。





何千年の歴史を人々と共に歩み

支えてきた宗教や信仰は

きっとどんなものであっても素晴らしい。





宗教は文化を生み、

人々をつなぎ、

時にはアイデンティティをも

確立させてくれる。





自分の祖先たちが敬ってきたものを

簡単には手放せない。





異国の地で生きようと、

差別や迫害を受けようと、

人々は己の信念を捨てたりはしなかった。





日本の隠れキリシタンは

江戸時代300年間、

親から子へ世代が変わろうと

キリスト教徒であり続けた。





ユダヤ人は長い長い歴史の中で

差別や迫害を受けてきたが、

彼らは他に染まることはなかった。





そして現在、イスラム圏での

戦争や内戦により難民の方々が

母国を離れヨーロッパへ渡って

生活されていますが、

彼らはイスラム教徒であることを

支えに生きている。










違ってもいいじゃないか。




違うからこそ面白いんじゃないか。




違うからこそ学べるんじゃないか。




そんなスタンスでいたら

もっと楽しくなると思う。









信仰は本来心で行うもので

誰かを傷つけるものではない。





信仰は

郷に入っても郷に従わなくていい、

そんな世界にしよう。










これまで違いを楽しもう、

受け入れようと書いてきたけど、

私たちはもともと同じ。





ホモ・サピエンスである

ひとりのアフリカの女性が全人類のルーツ。





肌の色や言葉や信仰は異なっていても

私たちは結局同じでもある。





だからこそ私はあなたで、

あなたは私だということや、

この世界は1つに繋がっているってことを

忘れないでほしい。





でもね、同じだからこそ、

違いがあることが実はとても有難いんだよ。






みんな同じだったら

ひとりくらいいなくてもいいでしょ?





でも誰一人として同じ人はいないから

あなたの価値があるのよ。

(レヴィナス哲学)









ね、だから違いを楽しもう。






同化しないからといって

啓蒙したり攻撃するのは、もうやめよう。