モラル・ハラスメントってさ

個人と個人の関係だと

思ってるかもしれないけど

 

 

 

僕的には

モラハラから抜けるってのは

新しい時代の生き方に

脱皮することだと思うんだよね

 

 

 

モラハラって別に

特別なことじゃない

 

 

 

ある意味

 

 

 

法律と罪と罰だって

モラハラなんだよ

 

 

 

悪いことしたら

罰せられるってね

 

 

 

罰せられるのが嫌だから

いい人の「フリ」をする

それが法律の「強制力」でしょ

 

 

 

人に迷惑をかけない

そのためには自分のしたいこと

我慢するし

したくないことを

頑張るし

 

 

 

それだって

モラハラの意識が十分に

働いているわけ・・

 

 

 

だからさ

もう「モラハラの種」が

いたるところにあるのよ・・

 

 

 

でもさ

ふつーは

そんなことに

気が付かずに

 

 

 

コントロールされる

ってことに従っている

 

 

 

コントロールされることも

コントロールすることも

 

 

 

できない

っていう「自由」に

恐れを持っているんだよ

 

 

 

モラハラされているのに

そしてそれが精神的な苦痛を

伴っているのにさ

 

 

 

それから抜けられないのは

自由にすることに「恐れ」を

植え付けられているから

 

 

 

でも普通の家庭とか

学校とか職場とか

いろんな上下の人間関係とか

そこでおきる「モラハラチック」な

こっとってついつい

見逃してしまうんだよ

 

 

だからさ

好きなことする時

怖いよね〜

嫌われるの怖いよねー

 

 

 

ってのも

いわばモラル・ハラスメントの種が

意識の中にあるからなんだよ

 

 

 

だから

何度も言うけど

モラハラって別に

特別な話じゃない

 

 

 

パワハラが

毒親のことだっていうのと

同じこと

 

 

 

でもさ

でっかいモラハラの苦しみを味わって

そこから抜けられた人は

 

 

 

その「おかしな構造」が

体感でわかるわけ・・

 

 

 

そしてそこから抜けた人が

自由という「快感」を知って

それを実現しようとすることは

 

 

 

古い時代に「こうあるべき」を

ぶっ壊す力があると思うのね

 

 

 

やりたいことをやろう

やりたくないことはやめよう

 

 

 

っていうのは

モラハラのレベルでの話しってこと

 

 

 

もちろん軽いモラハラから

重いモラハラまであって

 

 

 

僕は自殺まで考えるくらい

超重いモラハラを経験して

でもそこから抜け出せた

 

 

 

あえて言えばさ

僕にはその「強さ」があったし

それが今の僕の生き方に

影響を与えてくれているわけで

 

 

 

そしてモラハラから

抜けてみたら

 

 

 

もういたるところに

社会にもルールにも法律にも

モラハラが動いている・・

 

 

 

ハラスメントってつまり

コントロールするための方法なんだよね

 

 

 

セクハラだって

パワハラだって

 

 

 

だから

そこから抜けた人は

 

 

 

コントロールの悪夢を経験して

その意味を知り

それをぶっ壊す使命があるのかな

 

 

 

なんて思う!!

 

 

 

だから

気合い入れて

自由になろうぜ

 

 

 

って思うんだよね!!

 

 

 

 

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