クレーム対応の専門家だからできる心理カウンセリングがあるんです。

クレーム心理カウンセラーの藍色シアンです。

今日も川マックでした。

昨日より暖かくて、やっぱり気持よかったです。


この二回ほど、

問題が起きるときに、その何に注目するのか、
そんなことを書きました。

クレームという問題が起きたときに、
クレームをただ表面的に解決しようとすると、
製品に問題があるという大事なことが見えなくなる。

「罪を憎んで、人を憎まず」も
人という出来事にばかり意識を向けるのではなく、
その出来事をどうみるのか、
その見る側の人の心理にこそ、
根本の意味が隠されているのでは?

両方共、僕が伝えたいのは
自分の心が現実に投影されるという、
今の心理学の一番基本なんです。

それに関連した、僕のクレーム対応の経験を
お話ししますね。

僕は16年間、外科の手術器械を扱う
外資の会社でのクレーム処理部門で働いてきました。

なので、メインの相手は「外科医」です。

ドクターというのは、あまり感情を表に出して
クレームを言うタイプではないんです。
仕事柄なんでしょうね、沈着冷静ですね。

でも、その表に出てくる「冷静さ」に
ごまかされては(^^)、いけないんです。
その奥には、やはり人間ですから、
感情が渦巻いていることが多いですね。

なので、ドクターはどちらかというと
クレームタイプで言うと「改善要望型」が、
多いです。

クレームのタイプについてはここで書いてます。

そして、あるクレームが発生しました。
クレームを言ってきたのは、某大学病院の教授のドクターです。
大学病院の教授というのは、製品の購入のキーパーソン。
しかも、通常クレームで教授から直接というのは、
よっぽどのことなんです。

色々と情報を収集してみると、どうやら会社の対応に
不満があるらしく、しかも、一度解決したはずの、
昔の不手際まで持ち出してきているらしい。

その教授は、気難しく、面談するにしても、
時間は決めないタイプだったんです。
なので会うタイミングを間違えると、
話もできず、解決もできずになってしまう
そんな可能性のある状況でした。

なので、米国本社からも
クレーム対応部署の本部長を呼んで、
ちゃんと会ってもらうようにしようという、
かなり大事の作戦になっていったんです。

クレーム対応がうまくいかず、
このまま、教授が納得しなければ、
製品を使い続けてもらうことができなくなる、
でも、相手からはっきりとした要望がでてきているわけじゃない。
そんな、手探り状態で、面談の日を迎えました。

営業からトップを含めて3人、
クレーム部門から僕を含め2人、
米国本社から1人の合計6人、

教授一人のために、これだけの陣容、
どれだけ重要度が高いかがわかりますよね。

そして、教授の部屋の前で面談の時間になるのを
待っていました。そして、時間になって・・・。

教授が現れる気配が一向にないんです。
まあ、そういうのは珍しい話ではないし、
ある程度予想もしていたので、教授の部屋の前で
6人が立ちっ放しでずっと待っていました。

約2時間・・・待たされました。

その間、僕が考えていたことは。

どうやったら、うまくこの状態を切り抜けられるか。
私たちはちゃんとした対応をしてきたんです、
という弁明がうまく通じるのか?

その為に、どうやって相手の機嫌をとるのか。
何を提示したら、満足してもらえるのか。
でも、こちら側の損害は最小限にとどめたい。

そんなことでしたね。

つまり、自分たちにとってもっとも
有利な状態にするには、
どう言葉巧みに説明すればいいか、

ばかりでした。

待たされていた2時間のうち、
1時間40分ぐらいはずっと、
頭の中で面談のシュミレーションをしてました。

まだ教授は来ないなあ、そう思っていたとき、
ふと・・・頭を過ぎることがあった。

それは「相手は何を不安に思っているんだろう?」
でした。

僕が言葉巧みに、自分たちの正当性を話すことより
もっと大切なことがあるのかもしれない。

そう思えたんです。

もちろん、かっこよく「相手のことを思ってます」
なんてことを、それまでも言ってきましたけれど、
思い返せばいつもクレームに対して
「自分の側の正当性をどう納得させるか」が、
一番の目的になっていましたね。

でも、その待たされている間、
その正当性を納得させることより
相手の不安をなくすことが今は一番大切、
そう心から思えたんです。

恥ずかしながら、そう心から思えたのは
その時がはじめてだったかもしれません。

そして、待たされている間やってきた
自分たちの正当性を説明するための
自分の中の面談シュミレーションに、
なんの意味もない感じがして、
もうそれ以上考えるのを止めたんです。

そして、しばらくすると、
向こうから教授がやってきました。

「あ、まだ君たちいたんだね・・・」なんて感じでした。
「じゃあ、部屋に入って」と促され、面談がスタートしました。

クレーム対応での、一番最初の定石は「謝罪」です。

6人が頭を下げて、今回のクレームについて
謝罪をします。米国本社のアメリカ人の本部長も
日本流に頭を下げて、英語で謝罪します。

教授は、あまりこちらを見ないまま。
「うんうん」と頷き、そしてまず開口一番、

「あと30分で会議があるんだよ」

あと30分でどうやって不安を解消するような
そんな話ができるかなと考えていると、
教授から話し始めたんです。

昔あった問題についても、いつの間にか
有耶無耶にされてしまい、今回のクレームも
同じようにされてしまうのではという不信感ある。

そんなことが積もり積もっての
大事になった今回のクレーム・・・・。

やれることは、もう謝ることと、
そういう有耶無耶なことは二度と無いように
注力しますという、そんな話だけでした。

そして「30分」が経過して、
教授は、じゃあ会議だから、まあ、後はよろしく。
そう言って、席を立ったんです。

正直拍子抜けしました。

もっと冷静な怒り(ドクターですから)を
ぶつけられるかもと思ってました。

もう、製品を続けて使ってもらえないかもしれない。
そう覚悟もしてました。

でも、あっけないほどの幕切れ。

納得してもらえたのか、それとも、
飽きられてしまって、話もしてもらえなかったのか。
その判断さえつかないくらいのあっけなさ。

営業も、いつもの教授とあまりにも違う対応に
びっくりしてしまい・・成功だったのか失敗だったのか、
測りかねている様子でした。

でも後日、営業からは、特に問題なく、
製品を継続して使ってもらえているとの報告がありました。

このクレーム対応がうまくいったのは、

6人という、あれだけの陣容で望んだから。
教授の機嫌がたまたまよかったから。
2時間も待っていた、その誠意?が理解された。

などなど、あるでしょう。

でも僕はある確信を持ってました。

それは、もし僕が「自分の正当性について納得してもらう」
その為に「相手の不安」を知ろうとしたら、
このクレーム対応はうまくいかなかったんじゃないかと。

あの時僕は、それまでやってきたクレーム対応で初めて、
相手の不安とただ向きあう覚悟を決めたんです
それ以外に、やれることはないと、思えてました。
それが僕が、クレームを言ってくる側の人にやれる、
唯一の事だと確信し、それまで頭で考えていた、
言葉巧みなシュミレーションを捨てたこと。

この心の態度が、あのクレームが大事にならなかった、
一番の要因ではなかったのかと、今でも信じているんです。

それ以来、表面上の問題にだけ囚われて、それだけを解決する、
そのことはやめようと思いました。

問題(クレーム)が運んできてくれている、
本当の問題、しかも、もっと深くその問題を探ると
それは、僕の「心理」につながってくる。

その心理をどう扱っていくかが、それからは
一番大切な事になりました。

でもね、やっぱり「にんげんだもの」by 相田みつを

すぐに「自分の正当性」という保身が、
むくむくと湧き起こり、うまくいかないクレーム対応も
その後も数々あったんですが、
でも、あの体験は今でも「問題は解決するな」、
という言葉として、僕の中に残り続けているんです。

そして、この体験が「クレーム心理学」の
ベースにもなっているんです。


お知らせです。

5月7日8(土)に
藍色シアンの「クレーム心理学ベーシックセミナー」
開催します。

詳細はこちら

問題を解決する前に、自分の心の態度がどうあったらいいか、
そんなことも体験してもらえたらと思っています。

お知らせ「その2」

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「藍色シアンのクレーム心理相談窓口」という
ページをつくりました。

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