「ふたつの飛鳥川原宮」
『明日香-明日香村文化協会々誌 第36号-』(2014年)
明日香村文化協会
飛鳥寺西の検討を行う中で得た発想である。これまで飛鳥川辺行宮は稲淵宮殿跡とほぼ考えられていた。しかし、この指摘の最大の課題は、ここが「飛鳥」ではない点である。そこで飛鳥河の縁にある宮殿と理解していたのであるが、「飛鳥」が地名であるとすると、「飛鳥」地域で検討しなければならない。その結果、位置・時期・構造からみて可能性のある遺跡として、水落下層遺跡が指摘できた。さらに飛鳥川原宮も川原寺下層とされているが、これも同地である可能性を考えた。両者はいずれも「あすかのかはらのみや」と読ませており、同一施設であったことを伺わせている。
このように考えるとと、いくつかの点が合理的に理解できる。次なる課題は、稲淵宮殿跡と川原寺下層遺跡の性格の特定となる。