昭和の博徒に憧れた私は福岡刑務所に七回投獄されたが、日本の刑務所は世界一「保安」を大切にする、刑務所だ。

つまり安全を保持していくために秩序を重んじ規律正しい、

特に福岡刑務所は、日本第三の規模で入所者も再犯歴を重ねており一筋縄ではいかない猛者も多くて。

厳しい規則と監視体勢で、日々を職員は緊張感の中で、勤務中であり、また収容者も、特に朝から、働きに工場に出ると。

私語は禁止になっており、「ありがとう」もオチオチ言えない、担当看守が睨みを効かせている。

また脇見も厳禁で、ひょいと顔を上げても、横目を使って脇見しても、呼びつけられ厳しく注意または処罰されるから、たまらない。

刑務所内を看守に引率されて移動する場合は、手足を高く上げて行進しながら「121212」と声に出しながら、まっすぐ向いて歩かねばならない。

とにかく自分のやり方というのは一切通らず、決められた規則は絶対で、言い分けなどしようものならば、看守はよってたかって多数で圧倒する。

収容者は、我をへし折られるに決まってるので、反論の余地もないが場合ほとんどだ。

しかし、エゴの人一倍強い私が、事あるごとに、我をへし折られて、

今では自分で必要があれば、我をへし折りさっさと、その場を引き上げれるのは、刑務所で鍛えられたお陰だから感謝すべきだろう。

また感情的な反発に受け取られたら、真っ暗な保護房に即刻ぶちこまれる。

ケンカの場合、皮手錠を後ろ手や、斜め後ろにかけて身動き出来なくする

私は初犯から徹底的に鍛えられた、21歳の年だ。入所数ヶ月で規則違反をして懲罰で15日間、

約畳三畳の閉鎖独居に入れられ、その閉鎖独居という懲罰房がまた酷くて、

部屋には洗面具とコップに箸だけ、窓は目張りがしてあり外が見えない、トイレは剥き出し、

真夏は地獄だ、窓は目張りしてあり、食器口は対面の部屋の食器口から、互いに顔が見えるからプライベート対策だと。

小さな食器口まで閉めてしまい、たった畳三畳の独房は、完全なサウナ状態、しかも飲料水は小さなヤカンひとつ、

熱帯夜に熱中症で倒れるものも少なくないのに全く対策法も出ない。

そこで一週間から最高三ヶ月間、朝から夕食まで、正座でまっすぐ座り続けること、

背筋を伸ばし手は指を伸ばして膝の上に平行に揃える。

もちろん声も出してはならない。視線まで標がつけて決まっており、

キョロキョロしたり、よそ見も禁止、それがやっと解除されても。

私は下ろされた工場があまりに酷くて、工事に出ることを拒否してたので、

さらに懲罰が追加された上に、ある日、頭痛で投薬の要請をしたところ、

私の要求が執拗だったのか、わざわざ係長がきて私は薬を飲ませるように嘆願したが

話もよく聞かず無下に却下されたので、感情的になり、係長の腕を掴んでしまったのだ!

ただ係長の腕を掴んだだけ、それで「職員への暴行」とされ更なるスペシャルな場所へと・・・・

続く・・・