アドバイス
土曜日はマサの卒業式でした。
ウェストがキツくなったスカートもきっとこれで最後。
もし、卒業が来年だったのならこれのスカートは使えなかったでしょう・・・・。
はけて良かった(涙)
旦那に”お疲れ様でした”と言われ、
当初の予定ではこれで私の”子育て”がひと段落したハズだったのだなぁと
内心ため息。
朝、身支度を終えたばぁさんに私は声を掛ける。
”今日はディサービスに行く日だよ”
”ディサービスではいつも何をやっているの?”と聞くと
ばぁさんはすかさず答える。
”私は行ったことがないんだけどね、人の話で聞くところによると
行ったってなぁんて事ないところなんだってよ”と、答える。
もう一度書くがすかさず言うのだ。
知らないなら知らないと
覚えていないなら覚えていないと言えばいいだけなのだ
けれどばぁさんは、知らない、覚えていないと言いたくない
プライドから話す”嘘”に腹が立つのだ。
そんなくだらない話に付き合っている時間はもったいない。
”知らないなら知らないと言えばその日のメニューやイベント内容を私が伝えるのに・・・
”嘘ばかりついているからいい事教えてあげるのやぁ~めた”と
ちゃんと聞こえる様に言い、私はその場をさっさと離れる。
もちろん日が違えば違う人格に繋がっているので
”今日はねぇおそばが出るんだよ、おそば好き?”のような会話になる。
興味深い事に、同じばぁさんが毎朝そこにいるのに
頭の繋がり様で顔が全く変わるのだ。
そして同じばぁさんがいるはずなのに、ばぁさんの行動によって
私自身も全く違う対応になっていくのだ。
”自分が変われば周りが変わる”と良く言われる事なのだけど
毎日毎日私はそれに自分自身が当てはまって行く。
顔、それは同じハズなのに気持ちの、持ち様で全く違う人になる。
私は毎日物凄い現象を見ているのだ。それだけではなく、
その接続の違いで、体のバランスを取れている日も取れない日もある。
ゴミを捨てようとしてバランスを崩してコロコロ転がっている時もあれば
”私は43歳よ”なんて言っている時には走る事もある。
私は人間が生きている不思議に興味を持っていた。
生きるって何?
死ぬって何?
私って何?
子育てがひと段落するなぁと思う頃、こういった事に遭遇する事がとても不思議なのである。
不自由さに辟易する事も度々なのだけど
知りたいと思った事に対するこれは一種のアドバイスなのだと思う。
上手く説明して伝えられる頭脳を持ちたいと今私は思うのだけど
説明が上手くなくてごめんなさい。
自分が変われば相手も変わる
相手が変われば自分も変わるという不思議さ。
○○だろうという先入観フォルダで自分の世界は創られていくのだ。
もっと早くにこんな考え方が出来たら面白かったのになぁなんて思うのだけど
それを娘に伝えるのもまた難しい。
ウザい親だと思われるのがオチなのです(笑)
”消防署の方から来ました~”
社会人になると言う事はそのトリックを数多く学ぶと言う事。
ばぁさんはそのトリックを数多く持っているという事に気づいた。
私はそういった事が好きではないので使わないのだけど
社会に入るにはとても必要だったのだ。
マサはばぁさんに学べ。
とても宜しい環境の様で・・・・・・。シクシク。
ウェストがキツくなったスカートもきっとこれで最後。
もし、卒業が来年だったのならこれのスカートは使えなかったでしょう・・・・。
はけて良かった(涙)
旦那に”お疲れ様でした”と言われ、
当初の予定ではこれで私の”子育て”がひと段落したハズだったのだなぁと
内心ため息。
朝、身支度を終えたばぁさんに私は声を掛ける。
”今日はディサービスに行く日だよ”
”ディサービスではいつも何をやっているの?”と聞くと
ばぁさんはすかさず答える。
”私は行ったことがないんだけどね、人の話で聞くところによると
行ったってなぁんて事ないところなんだってよ”と、答える。
もう一度書くがすかさず言うのだ。
知らないなら知らないと
覚えていないなら覚えていないと言えばいいだけなのだ
けれどばぁさんは、知らない、覚えていないと言いたくない
プライドから話す”嘘”に腹が立つのだ。
そんなくだらない話に付き合っている時間はもったいない。
”知らないなら知らないと言えばその日のメニューやイベント内容を私が伝えるのに・・・
”嘘ばかりついているからいい事教えてあげるのやぁ~めた”と
ちゃんと聞こえる様に言い、私はその場をさっさと離れる。
もちろん日が違えば違う人格に繋がっているので
”今日はねぇおそばが出るんだよ、おそば好き?”のような会話になる。
興味深い事に、同じばぁさんが毎朝そこにいるのに
頭の繋がり様で顔が全く変わるのだ。
そして同じばぁさんがいるはずなのに、ばぁさんの行動によって
私自身も全く違う対応になっていくのだ。
”自分が変われば周りが変わる”と良く言われる事なのだけど
毎日毎日私はそれに自分自身が当てはまって行く。
顔、それは同じハズなのに気持ちの、持ち様で全く違う人になる。
私は毎日物凄い現象を見ているのだ。それだけではなく、
その接続の違いで、体のバランスを取れている日も取れない日もある。
ゴミを捨てようとしてバランスを崩してコロコロ転がっている時もあれば
”私は43歳よ”なんて言っている時には走る事もある。
私は人間が生きている不思議に興味を持っていた。
生きるって何?
死ぬって何?
私って何?
子育てがひと段落するなぁと思う頃、こういった事に遭遇する事がとても不思議なのである。
不自由さに辟易する事も度々なのだけど
知りたいと思った事に対するこれは一種のアドバイスなのだと思う。
上手く説明して伝えられる頭脳を持ちたいと今私は思うのだけど
説明が上手くなくてごめんなさい。
自分が変われば相手も変わる
相手が変われば自分も変わるという不思議さ。
○○だろうという先入観フォルダで自分の世界は創られていくのだ。
もっと早くにこんな考え方が出来たら面白かったのになぁなんて思うのだけど
それを娘に伝えるのもまた難しい。
ウザい親だと思われるのがオチなのです(笑)
”消防署の方から来ました~”
社会人になると言う事はそのトリックを数多く学ぶと言う事。
ばぁさんはそのトリックを数多く持っているという事に気づいた。
私はそういった事が好きではないので使わないのだけど
社会に入るにはとても必要だったのだ。
マサはばぁさんに学べ。
とても宜しい環境の様で・・・・・・。シクシク。