この数十年、人類は種々の「新興・再興感染症」に遭遇してきた。無論その多くがウイルス感染症で、それらはHIV感染症/AIDSSARS、エボラ出血熱、West Nile 脳炎、高病原性トリインフルエンザと多彩に及んだ。 我々は対応に困窮した。21世紀はウイルス感染症との戦いになると言われながら、我々はまだ多くのウイルス感染症に対して有効な防衛手段を手にしていなかったからである。

 

1980年初頭に、新しい疾患として登場したHIV/AIDSは、生物学と医学の領域にもかつてない大きなインパクトをもたらした。20世紀後半になって、分子生物学、結晶解析学、構造生物学等が、生物学の領域に進入、基礎生物学と医学という2つの明確に分離されていた領域の距離は一気に短縮された。

 

HIV/AIDS の研究領域はそうした基礎生物学と医学が接近しているものの中では最たるものであろう。それは、次々と死亡して行く主として若年層の男女を目の前にして、基礎生物学と医学が、如何にこの疾患についての理解を深めるかより、何を患者と感染者にもたらし得るかが最も厳しく問われ続けてきたからである。

 

治療法模索の1980年代初頭、AIDSは文字通り「死の病」であった。しかし、HIV/AIDSの病状と予後は今世紀に入っての治療の進歩によって大きく改善、適正な治療を受ければ20歳の感染者の生命予後は40~50 年或はそれ以上とされる程となり、HIV/AIDSはまさに「コントロール可能な慢性感染症」と定義されるようになった。今やHIV/AIDSの化学療法は「予防としての治療(Treatment as Prevention)」という大きな局面を迎えている。既感染者が天寿を全うできるようになって、新規の感染を完全に阻止できれば、『HIV感染者/AIDS発症者ゼロの日』 が射程内に入る。本講演ではHIV感染症の治療薬開発の過去と現在を検証し併せて今後の我々に課された使命について討議する。

 

満屋裕明(国立国際医療研究センター研究所、米国国立癌研究所・NIH、熊本大学医学部附属病院)

 

ブログ編集者注:会長招請講演は122日午後1時から第1会場で行われました。