色々とマスコミを巻き込んでにぎわっている相撲問題。
貴乃花が何か大きな秘密?を握っているらしいことから私は普通に考えて八百長問題が裏にあるのではと思っている。誰が考えても他の部屋同士の力士が仲良くなる必要なんて考えられない。
金が絡んでいるのだから。
アマなら交流ってことでまだ分かるが。
仮にまったくそんなことがなくてもいくら出身が同じでも私だったらいくらそんな気がなくても対決したら手を抜いてしまいかねない。そんなことをしたら相手に対しても失礼だし自分自身の向上の為にもよくない。
引退した横綱はどうも本気で貴ノ岩に対して親心的な感じて叱ったりしていたらしいようなのだが個人的にはそれこそ親方がするべき問題なのでは。
親方は道場で言えば師範や館長的な存在。
他の道場のいくら同じ国の先輩に言われてもむしろおせっかいにしか思えない。
その道場が気にって入ったのだから他の道場の例えばチャンピオンクラスの人に言われても同じ道場でもないのにと。
最近は白鵬のほうが問題になっているが私も当初からかなり問題だと思っていた。
個人的には武道や格闘技に比べあまり相撲には詳しくない私だがそもそも相撲とは何かを考えたらはっきりする。
柔道なら柔術を原点としてその柔術の原点を考えていくといろんなことが解る。
空手も同じで諸説色々あるが沖縄を空手の原点として考えていく。
その民族のさまざまな歴史やら宗教、生活様式等々からその技術が生まれていく。
相撲はもともと神事と考えればそのいろんな所作や動きも解るはず。
あくまで神事なのだからスポーツや競技と考えるのが間違いなのである。
そして横綱はその神が宿った依り代なのだから当然神のごとき所作や品格その他諸々の事が日常生活を含めて要求されるべき存在なのである。
競技のチャンピオンや金メダリストとはわけが違うのである。
当然勝ち方も他の格下の相撲取りとは違った勝ち方を要求されるべき存在。
私も昔は勝てばいいのではと思っていたが貴乃花が横綱になってからの違う相撲を見てからは横綱相撲とはこれの事かと思った。
宗教ではないけどある人物が神の依り代でないとばれたらどんな目に合うか想像してみてもいい。
あくまで神が降りてきて相撲を取るような存在、それが横綱。
それができないのならすでに横綱ではない。
勝てばいいならどんな技を使ってもいい。
はたしてそれぞれが考える神がそんな勝ち方や技をするだろうか。
なぜ横綱以上の階級?がなく大関に降格しないのか、なぜスポーツみたいに負けても現役を続けるのではなく引退しかないのか、こう考えたら誰にも解かってくるのではないだろうか。
横綱の存在とはと。