昭和は過ぎ、平成も終わり、時代はもう令和。かつて権勢を誇った“おっさん”は、もういない。かといって、エアポートで自撮りを投稿したり、ちょっと気持ちを込めて長いLINEを送ったり、港区ではしゃぐことも許されない。おっさんであること自体が、逃れられない咎なのか。おっさんは一体、何回死ぬべきなのか
...
うまい話にはワケがある。
...
うまい話にはワケがある。
昔も今も世の中とはそうそう変わらないもので、「楽して儲ける方法を教えます」なんてうまい話を売りつける商売が存在する。
パチンコの攻略法を売りつけたり、競馬の絶対当たる予想を売りつけたり、昨今では買うだけで寝ていても儲かる情報商材などなど。いつの時代も「楽して儲かりたい」という気持ちに付け込んでくるものがあるのだ。
ちょっとインターネットで検索すれば、そういった商売はやまほどでてくる。まるで世の中ってやつはずいぶんと楽勝で、ほっといてもガンガン口座にカネが振り込まれてくる世界なのだと錯覚するほどだ。本当に簡単そうな気がしてくるから不思議だ。
そこで疑問が生じてくる。なぜ寝ていてもカネが振り込まれてくる方法を販売するのかという点だ。そういう情報を知っているならば、僕ならば内緒にしておいて自分だけ貰い続ける。けれども、彼らは最後のチャンスとか煽りながらガンガン販売してくる。この時点で様々な部分が矛盾している。
けれども、それらを信じる人が一定数はいるのだ。では、その心理はなんなのだろうか。
「この話だけは特別だ!」
普通に考えておかしいものなのに、これだけは特別! 大丈夫! という心理が働くらしい。むしろ、そういう心理に落とし込むことこそがこの種の商売の常套手段なのだろう。
そういえば、貧しき大学生だった時代にこんなことがあった。
片田舎の大学に通う暇でお金のない大学生だった僕は、地域の情報誌みたいなものを愛読していた。その、情報誌は強烈にローカル色が強く、コンビニなどで無料配布されていたものだった。
その情報誌は結構気軽な感じで、なおかつ無料で「〇〇募集」といったものを掲載できるらしく、なかなか活発にそれらが掲載されていた。それこそ、犬猫の里親募集レベルから、正社員募集まで様々だ。お店の宣伝なんかもたくさん掲載されていた。
座っているだけで日給1万円だとか、弁当支給だとか、そういったおいしいバイトの情報が稀に載っていたので要チェックしていた。見かければ手に取って持って帰る。そんな感じだ。
この情報誌には、そういったバイトの募集以外にも「交流掲示板」みたいな読者のコーナーがあり、そこが現代ではなかなか体験できないカオスが展開されていた。はっきり言ってしまうとけっこうめちゃくちゃなコーナーだった。
基本的には「文通相手」「趣味友達」「交際相手」そういったものを募るコーナーだったのだけど、意図的にそういったものばかり掲載していたのか、それとも頭がおかしい人しかこの地域にはいなかったのか定かではないが、それらの投稿は総じておかしかった。たぶん検閲とかしていないだろうというレベルでカオスだった。
「前世の仲間を探しています。心当たりがある方は連絡を。すでに2人は見つけました」
という投稿があったかと思えば、
「素手で歯を抜ける人募集」
という何がしたいのかさっぱり分からないものまである。この人のものを抜くのか、それとも自分のものを抜くのか。なんにせよ歯医者いけ。
「ほがらかなサークルです。楽しい仲間たちと週末など飲みに行きませんか。ただし『田中』姓の方はご遠慮ください」
いったい田中が何をしたのか。
「戸籍謄本とパスポートを持ってくることができる人。15分程度で終わる作業です」
これ編集部の自作自演なんじゃないのと疑いたくなるようなファンキーな投稿に混じって、ある一つの投稿が僕の目に留まった。それは、とてつもなく「おいしい話」の香りがにおいたつような、そんな投稿だった。
「無料で軽自動車差し上げます。先着10名様」
こんなことあってたまるか、と思った。無料で軽自動車が貰えるならそれはもう「うまい話」だ。けれどもきっとワケがある。とんでもない罠があるに違いない。普通に考えて信じられるものではない。そう思ったが「先着10名様」の部分がちょっと引っかかった。
「もしかしてこれは本物なのでは?」
なぜなら、これが何らかの罠で詐欺的な何かだとしたら、カモを騙すほど実入りが大きいわけだ。そうなると「先着10名」などと区切ること自体が不自然だ。無制限に取り込もうとするはずである。この先着制度がこの話がリアルである証左ではないか。
そうなってくると「軽自動車」の部分も妙にリアルだ。詐欺ならもっと高級車とかそういうもので煽ってくるに違いない。
これはもう、何らかの事情があって無料で配らねばならない軽自動車が10台あると考えるのが自然だ。投稿主はそこまで追い込まれてしまった。それの処理に困って、どうせなら無料で配っちゃおう、となったのかもしれない。ありえる。
そうとなれば急がなければならない。なにせ先着10名だ。こんなうまい話、他の連中が放っておくはずがない。今頃、貧乏人どもが押し寄せて早々に定員となっている可能性すらある。なにせ軽自動車が貰えるのだ。
投稿に記載されていた場所に急いで向かう。そこは隣町の、さらに郊外にある中古車屋だった。
そこには公衆便所と見間違うレベルの掘っ立て小屋みたいな事務所があって、その前に今にも朽ち果てそうなオンボロの中古軽自動車が威風堂々と並んでいた。見たことのない車種ばかりなので、たぶん古いのだろう。並んでいるそれらは汚くボロボロなのに、けっこう強気な値札がついていた。
「貰えるのって、この軽自動車なのかな」
普通なら不安になってくるボロボロ加減だが、もう訳の分からない心理状態になっている僕は、このボロさがリアル! こりゃ無料でもらえるぞ、と確信めいた想いを抱いていた。確かに、新車のゴージャスな軽自動車とかなら、貰えるカラクリが分からないけど、これなら、まあ貰えるのもギリギリありえるかな、そう思えたのだ。
ただ、もっと民衆が押し寄せているかと思ったがそうではなかった。なにせ軽自動車が貰えるのだ。もっとこう、卑しい民衆が押し寄せてしかるべきではないか。行列でもできていなければおかしいんじゃないか。けれども、そこには行列も民衆も、そもそも人影がなかった。
「おかしいなあ」
そう見まわしていると、その汚い軽自動車の影に一人のおっさんの姿があった。どうやらこのおっさんも軽自動車を貰えると思って来たみたいで、僕と全く同じ挙動不審な感じを醸し出していた。
「あ、キミも軽自動車もらいにきたの?」
作業服姿のおっさんはそういって人懐っこい笑顔を見せながら近づいてきた。
「はい、軽自動車もらいに来ました」
二人して「軽自動車貰いに来た」と言い合っている光景はなかなか非日常的なのだけど、どうやら僕ら二人しかおらず、完全に先着10名以内! と確信して公衆トイレみたいな事務所に入った。
やはりうまい話にはワケがあった……が、おっさんは暴れ出した
やはりうまい話にはワケがあった……が、おっさんは暴れ出した
「すいません、軽自動車もらいに来たんですけど」
開口一番のセリフとしてはなかなか非日常的なものがあると思いつつ中を見渡すと、書類の山みたいなものの横にゴミの山みたいなものがあって、そのさらに横にあるソファーに、海パンを普段着と勘違いしてそうな、アロハ姿の怪しいおっさんが座ってテレビを観ていた。
おっさんは振り返ってこう言った。
「あ、軽自動車をもらいに来た人?」
さっきから「軽自動車をもらう」以外のセリフが交わされていない点からもこの状況の異常さが伺える。
「いまから説明するからちょっとまってねー」
おっさんはノッソリと起き上がり、僕と作業服のおっさんに座るように促した。
ここまで来て、僕は初めて怪しいと感じ始めていた。ポーンと軽自動車を10台大盤振る舞い! みたいな気前の良さを1ミリも感じないのだ。散らかっている弁当のゴミも全部「半額!!」のシールが付いているやつだったし。ぜんぜん気前が良くない。
「やはりうまい話にはワケがあるのだ」
そう実感していると、海パンのおっさんは切々と説明を始めた。それは完全にワケだった。
色々と複雑なシステムで、おそらく色々なことに配慮して複雑なことになっているのだろうけど、簡単に言ってしまうと、確かに軽自動車は無料で貰える。けれどもそれには、別のナントカ会に入会し、その特典として貰えるというものだった。で、そのナントカ会の入会金が普通に軽自動車を2台くらい買えるレベルで、ローンもできますよ、というものだった。
まあ早い話、軽自動車で釣っておいて、まんまと引っかかったバカに法外な入会金を支払わせるというものだった。完全にワケだ。
「やはりうまい話にはワケがあるな~」
そう感じながら、こんな法外な値段のローンを組むわけにはいかないので、どうやって逃げるか算段を立てていると、隣に座っていた作業服のおっさんが叫び出した。
「そんなワケあるわけねえー!」
大声で叫んで立ち上がった。めちゃくちゃビックリした。僕はワケがあると考えていたが、彼はワケがあるわけないと怒り狂った。
「俺は軽自動車だけもらいに来たんだー! 無料でもらいに来たんだー! 金は払わねえ!」
確かにその通りだけど、冷静に考えるとすごいセリフだな。
店の前で作業服おっさんと海パンおっさんの押し問答が続いていた。
「いいから約束守れよ、軽自動車無料で寄越せ」
「ですから入会していただかないと」
「いいから寄越せ! てめー、こんな詐欺みたいなことしていると来世でロクなことないぞ!」
結局、押し問答の甲斐もなく、僕も作業服おっさんも軽自動車を貰えず追い返されることとなった。
帰り路、軽自動車を貰えなかった僕たちはトボトボ歩いていた。そこで作業服おっさんと少し話をした。
「いやあ、やはりうまい話にはワケがありますね」
「そうだな、あんな情報誌の投稿を信じたばっかりに、くそっ、仕事休んできちまったよ」
何事もうまい話にはワケがあるのである。どんなにうまい話であっても、そんなことありえるのだろうかと冷静に考えなければならない。「この話だけは信頼できる」という状況が最も危険なのである。
延々と続くながい道路の街路樹が風に揺れていた。
「そういえば、さっきの押し問答の時に来世でロクなことがないとか言ってましたけど」
会話が途切れてしまったので、ふいにそう尋ねるとおっさんは急に真面目な顔になって答えた。
「この世はずっと前世から繋がっていて来世へと繋がっている。大切なのはその繋がりを意識することだ。俺はずっと前世の仲間を探している。普段はあの情報誌で探してるんだがな、もう2人見つけてる」
と急に輪廻転生のことを言い出した。あの投稿、お前だったのか。
「お前は妙に気が合うし、前世の仲間かもしれない」
そんな訳の分からないことを真顔で言いだし、
「ほかの仲間はかわいい女子大生だぞ。前世の仲間になれば紹介できる」
と言い出したけれども、「そんなうまい話があるわけない。きっとワケがある」と思いつつも、彼の真剣な眼差しをみていると、「もしかして本当にこの話だけは特別なのかも」という想いが生まれて、前世からの仲間だったような気がしてきた。