昭和は過ぎ、平成も終わり、時代はもう令和。かつて権勢を誇った“おっさん”は、もういない。かといって、エアポートで自撮りを投稿したり、ちょっと気持ちを込めて長いLINEを送ったり、港区ではしゃぐことも許されない。おっさんであること自体が、逃れられない咎なのか。おっさんは一体、何回死ぬべきなのか――伝説のテキストサイト管理人patoが、その狂気の筆致と異端の文才で綴る連載、
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注文の多い風俗店
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注文の多い風俗店
血気盛んな20代の頃に、ボッタクリ風俗に遭ったことがある。
この連載の読者の方によもやボッタクリ風俗の被害に遭ったことがないなんて人はいないと思うが念のため説明させてもらう。
ボッタクリ風俗とは、いわゆるボッタくる風俗である。身も蓋もない言い方だがそれしかない。ただ、そのボッタクリ方にも多種多様な手法が存在し、ちょっとした分類があり、大きく分けて3つの手法が存在する。
まず、法外な料金を請求するというボッタクリだ。1万円でいいとか言われたのに、いざ金を払う段になると何万、何十万と請求されるものだ。これはまあ、古来より続くストロングスタイルなボッタクリといえる。
次に、まったくサービスがないという種類のボッタクリが存在する。あれやこれやムフフなことがありますよ、と誘引しておいて、色々と理由をつけて何もなし、というパターンがある。めちゃくちゃやる気がない女性や、意思疎通する気皆無の女性が出てきたりする。
最後に、人智を超えた怪物が来る、というものだ。何をどうやったらこういうことが起こるんだろうか、CG? という女性がでてきて、さすがにこれはと断らざるを得ない状況に持っていき、キャンセル料をせしめたりする。
多くの場合は、これらが複合され、人智を超えた怪物だわ、サービスはないわ、法外な料金だわと、全くいいところのない、踏んだり蹴ったりの状態に叩き込まれる。この世に顕在した修羅道、それがボッタクリ風俗だ。
ただ、誤解を恐れずに言わせてもらうと、僕はこういった用意周到に準備された犯罪行為はある種の芸術だと思っている。もちろん推奨するものではないし、称賛するわけでもない。この世から消し去って欲しいとすら思っているが、そのボッタくろうという過程には美しさすら感じてしまうのだ。
いかにして誘引するか、いかにして騙すか、いかにして金を出させるか、いかにして犯罪成立要件を避けるか、いかにして客を泣き寝入りさせるか、そしていかにして嵌めるか、それらがとにかく信じられないくらい高レベルで考えこまれ作りこまれているのだ。
そういった考えこまれた犯罪に遭遇すると、騙された―、くやしいー、という感情より先行して、お見事! みたいな感情が湧き上がってしまう。もちろん、決して褒められたものではないけど。お見事! とついつい唸ってしまう。もはや芸術だ。
ただ、僕が20代の頃に出遭ったボッタクリ風俗はその「用意周到に考えられた芸術」に当て嵌まらないものだった。単純に言ってしまうと、お前ら本当にちゃんと考えたのかよ、と言いたくなるものだった。
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階段のない5階建てのビルの頂上で、その女は待っていた
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「今日できたばかりの店なんですけど」
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階段のない5階建てのビルの頂上で、その女は待っていた
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「今日できたばかりの店なんですけど」
田舎から出てきたばかりで、東京の雑踏、天を貫かんばかりに、森のように林立するビル群に恐れおののいていると、そう話しかけられた。まだ僕は血気盛んな20代の頃だ。声の方角を見ると、明らかに怪しげなジャージ姿の男がニコニコと笑ってこちらを見ていた。
「こういういい子がいるんですよ」
すぐに近づいてきて、肩を抱きこむようにして僕を引き寄せると、手の平に隠し持っていた証明写真みたいなサイズの写真を見せてきた。
なるほど、かわいい娘だ、とても都会的な娘だ。何かが洗練されている。田舎者だった僕はドキドキした。
「最後まで、6000円ぽっきり!」
うっそ! と思った。こんなかわいい娘に相手してもらって最後までで6000円。完全に価格破壊が起こっている。東京はすごいんだな、田舎者には想像つかない世界がある、そう思った。
考える間もなく男についていくことにした。
怪しげな男に案内された先は、これまた怪しげな雑居ビルがあった。何年も掃除されていないであろう小汚いエントランスに、潰れた飲み屋のものと思われる壊れた看板、なぜか銀色の郵便受けの上にはなめ猫のブロマイドが置かれていた。
さらに怪しげな階段をちょっと上ると、今にも朽ち果てそうなエレベーターが出てくる。ドアとか塗装がめちゃくちゃ剥げてる。
「あ、うちの店、エレベーター使えないんで、階段っす」
怪しげな男はそう言った。なぜ使えないのかは分からないけど、そう言って、壊れた傘が狂ったように放置されている汚い階段を昇っていく。
「何階なの?」
不安になってそう尋ねた。
「五階っす」
サラッとむちゃくちゃなこと言いやがる。
なんとか五階に到着し、緑色の扉をくぐる。ここで怪しげな男とは別れたのだけど、扉の先には徹底的に暴力を覚えこませたピンポン球、みたいな男が立っていた。そのピンポン球に言われるまま6000円払い、真っ暗な部屋の奥へと案内された。
カーテンで仕切られた奥の間には動物の死体を置くみたいな台がポツンとあって、その脇に安っぽい木の椅子が2つ置かれていた。なぜか店内にはうっすらとラジオからの野球中継が流れていた。
そこで待っていると、シャッと小気味よい音を立てて誰かがやってきた。
ついにあの写真の娘が来た! エロいことが始まる!
あまりの怪しさにマゴマゴしていた僕も、喜び勇んでカーテンの方向を見た。
革命軍のリーダーみたいな女が立っていた。
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ボッタクリ風俗の謎メニュー。「歌う」「躍る」「焼肉」、そして……
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ボッタクリ風俗の謎メニュー。「歌う」「躍る」「焼肉」、そして……
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全然写真と違う。なんか政治犯みたいな女が立っている。なんなんだこいつ。早く写真の女を出せよ、と思ったがどうやらこれが写真の女らしい。
この革命軍の女がすごくて、カーテンを開けて入ってくるや否や、ドスンと椅子に座って堂々としたものですよ。僕なんか、例えばめちゃくちゃイケメンの写真で釣った女の子がいて、そこに僕が大登場、そうなったら明らかに落胆している女の子を見て、申し訳なかったな、と思うんですけど、彼女は非常に堂々としたものですよ。全く引け目を感じていない。その胆力をちょっと分けて欲しい。
で、その革命軍の女が言う。なぜか魅惑的に足を組み替えながら言う。
「おにいさん、ここがどこだかわかってる?」
ん? 革命軍のアジトかな? と思ったのですが、言わないでいると、さらに女が続けます。
「ここボッタクリだよ」
そう言ってニヤリと笑う。
「残念だったわね、今からぼったくられるよ。逃げられないよ、入口に店員いるから」
そんな感じのことをとても得意気に言う。
この革命軍、なんで自分の手の内を全てばらしているのか分からないのですが、めちゃくちゃしてやったりみたいな、革命前夜みたいな顔して言うんですよ。
なんでも、このボッタクリ店は今日から稼働を始めたらしく、これからバリバリとぼったくっていくぞーという熱い魂を込めてサービス開始したそうで、けっこうテンションが上がっている様子。そして嬉しそうにこのボッタクリのシステムがいかに優れているか説明し始めました。
「これが料金表」
そういって渡されたA3くらいの大きさの紙には、ビッシリと細かな文字が書いてありました。
「お話 1000P」
どうやらメニュー表のようで、こまごまと様々な料金が記入されていました。
これはいわゆる「タケノコ剥ぎ」と呼ばれるボッタクリで、法外な料金を請求するタイプのものになります。ドンと法外な料金を請求するのではなく、やれ、これをするにはいくら、やれこれをするにはいくら、とあらゆることに料金が加算されていき、その様がタケノコの皮を剥ぐ工程みたいだからそう呼ばれているらしい。
「上半身脱衣 3000P」
「手を握る 5000P」
「髪を撫でる8000P」
「キス 40000P」
「手を握る 5000P」
「髪を撫でる8000P」
「キス 40000P」
どうやらキスが最上位のようで、40000Pという強気の設定。Pが何を示すのか全く分かりませんが、とにかく過ごそう。ただ、どうして「髪を撫でる」のポイントがこんなに高いのか全く理解できません。上半身裸より重きを置いている理由が知りたい。
その他にも謎のメニューがあって「歌う 15000P」「躍る 20000P」「焼肉 30000P」と、ぞれぞれ意味は分かるんですけど、ここに載っている意味が分からないものが多数。挙句の果てには本当に意味が分からないメニューがあって、
「天変地異 35000P」
これ選んだら何が起こるんだろうという期待感しかありません。ほんと、何が起こるんだ。選んだ瞬間にビルが崩壊する仕掛けとかあるのだろうか。しかもP的にはキスが40000Pですから、天変地異より重いキス。完全に天変地異キスです。なにがどうなってしまうんだ。
明らかに、ボッタクリたいメニューは決まっていて、お話ししたから1000P、手を握ったから5000Pとありそうなメニューだけしっかりと設定し、その他は適当に考えたみたいなものが並んでいました。普通に上半身脱いでもらって話をして手を握って合計9000Pくらいを取りたいんだろうな、という感じのメニューでした。
「このPってなに?」
僕の質問が核心に迫ります。これも革命軍が得意気に説明してくれたのですが、なんでも1000Pはそのまま1000円と考えてもらっていいようなのです。
ただし、現金をやり取りすると警察のガサ入れがあったときなど、摘発を免れない。じゃあ、現金でのやり取りをやめ、Pでやり取りしようと、考えたようなのです。
どうもこのお店は三店方式みたいなものを採用しているようで、例えば僕が革命軍とお話しすると、1000Pが与えられます。これはなぜか麻雀の点棒でした。で、その点棒を持って隣の部屋にいくと、点棒分の料金を支払うことになるようです。
点棒を貰うこちらの店と、点棒で金を徴収する隣の店は無関係。あくまでもこちらは点棒を配布しているだけ、というカラクリのようです。それで摘発を免れるのかはわかりませんけど。
「全く注文しないってのはダメなの?」
そう聞くと、革命軍は首を横に振ります。
「最低でも3つは頼まないと、怖い目に遭うよ」
そう言い切りました。やはりお話、上半身裸、手を握る、で9000P、9000円ボッタクリたいようなのです。入口で6000円払っていますから、合計で15000円取りたいわけです。ボッタクリとしては安めの設定ですが、それくらいだと事を荒立てる客も少ないのでしょう。
「じゃあはやく3つ選んでね~」
革命軍が、革命に成功したみたいな顔で言います。どうせ、お話か上半身裸か手を握るだろ、という余裕が伺えます。ここがチャンスです。この間隙を思いっきり突きましょう。
「じゃあ天変地異で」
「え!?」
:この低クオリティはもはや芸術である
:この低クオリティはもはや芸術である
明らかに動揺が見てとれました。頼まれるはずがないと思っていたという顔をしています。
「35000円だよ?」
「うん、何が起きるか興味あるし」
こうして35000点分の点棒が配布されたのですが、彼女自身もこのメニューが何なのか分かっていなかったらしく、
「はい! 天変地異!」
と言っただけでした。正直に言うと、その言い方がちょっとかわいかった。ただ、これで35000円はとんでもねえボッタクリだな。
「お話はもうしてるもんね、あと1個」
結局、僕は15000Pをチョイスしたのですが、彼女が覚えている歌がない、ということで、ないないづくしの女なんですけど、それじゃ困ると粘って、なんと唯一覚えている歌、小学校の校歌を歌ってもらいました。
暗闇に響き渡る革命軍の女の校歌。何やってんだろうと思いますが、本当になにやってんだろうです。なぜか「誇り高き森を抜け」という意味不明な歌詞だけが強烈に印象に残っている。
結局、僕の手元には51000点分の点棒があり、これが麻雀だったらまあトップ取れる状態になっていたのです。
「じゃあね、こういうのにもうひっかかっちゃダメだよ」
革命軍はそういって満足気に僕を見送ります。入口ではピンポン球がすごい顔で睨みつけて言ってきます。
「料金所は隣ですので」
ドアを出て、しばし考えこむ。なかなか考えられたボッタクリだと。この三店方式が本当に有効なのか分からないけど、彼らなりに摘発を避けようと考えた末の方策だ。さらにはあのメニューの存在が素晴らしい。選ぶメニューはほぼ確定しているとはいえ、自分で選んだという意識を客に植え込ませる。なかなか考えていやがる。
「これはもう芸術かもしれんな」
考え込まれた犯罪は芸術だと思っている。それが良いことだとは言わないが、こうして考えに考え抜いた行為はやはり芸術だ。感嘆の声をあげたくなってしまう。
「ただもうちょっと考えたほうがいいよなー」
これだと、だれもわざわざ隣の部屋に行って金を払うわけがないので、最後の最後で「本当にお前らちゃんと考えたのかよ」と言い残し、階段を下りた。なめ猫のブロマイドの上に点棒置いて帰った。
東京とはすごいところだ。とんでもないボッタクリがある。そう考えながら森のように伸びるビル群の中を歩いていると、なんだかそのビルたちが誇り高く建っているようにみえて、「これが誇り高き森を抜けて」ということか、と理解した。