「財産は全額寄付したい」という人が増えている
判断能力のない人を支援する
成年後見制度
最近、成年後見に関するニュースをテレビや新聞で目にする機会が増えましたが、まだ世の中に浸透しているとは言えない状況です。
認知症などで判断能力が不十分な方々を保護し、支援するのが成年後見制度です。
私は社会福祉士として成年後見業務を何件も担当してきましたが、おひとりおひとりの人生に寄り添う過程で、悲喜こもごもの出来事に遭遇します。そして、成年後見業務を通じて知り合ったご親族の支援をさせてもらうこともあるのです。
今回の遺言作成者は、被後見人の妹様で山口五月さん(仮名)です。
五月さんは東京生まれの東京育ち、生粋の江戸っ子です。お姉様の弥生さんとは別々に暮らしていましたが、なにかと助け合う関係でした。おふたりともお仕事をお持ちで、自らの意思で伴侶を持たない自由な生活を謳歌されていたようです。
あるとき、弥生さんが認知症だと医師に診断され、独居生活の継続が難しくなりました。弥生さんは当初デイサービスに通い、介護と福祉そして医療の支援を受けながら生活していましたが、金銭管理ができなくなったこともあり、後見人を探していました。
ご縁があって私が後見人となり、財産管理と身上監護に関して数年間支援することになったのです。
そして、ある寒い日の朝、弥生さんがご逝去され、五月さんとふたりで見送りました。とても安らかなお顔をされていたのが印象的でした。
最期のことは自分で決めたいのです
四十九日が過ぎた頃、五月さんから電話がありました。話を聞くと、身寄りのない自分の老後生活の準備をどうしていけばいいかという相談でした。
さまざまに思うところがあるのだろうと察した私は、事務所に来ていただくことにしました。
「私ひとりなので、誰にも迷惑をかけたくなのです。たとえ病気になって寝たきりになっても延命はしてほしくない。もし私が亡くなったあとに財産が残るようであれば、恵まれない子供たちに寄付してください。最近よくテレビでやっているでしょう。そう、子ども食堂に寄付して、子どもたちがお腹いっぱいご飯を食べられるように役立ててほしいんです」
五月さんの目はキラキラと輝いていました。きっと自分の生きた証を子ども食堂への遺贈に見出し、最後の社会貢献をお望みなのだと感じました。
私が五月さんに提案した内容は以下のものです。
五月さんの意思を尊重するため、法定相続人がいないことを調査・確認の上で公正証書遺言を作成し、関係各所と調整しながら遺贈について記載しました。そして、その意思を実現させるために、私が遺言執行者を引き受けました。
同時に、尊厳死宣言公正証書を作成し、「延命措置は一切行わないこと。人間として尊厳を保った安らかな死を迎えることができるように配慮すること」を明確に記載しました。
それから数度の修正と公証役場での打ち合わせを経て、5月の春の日に公証役場にて、公正証書遺言と尊厳死宣言公正証書の作成が行われました。
五月さんは「これで終活準備がひとつできました。なんだか、胸のつかえが取れました。こらから姉の分まで生きていこうと思うの」と、春霞の空を見ながら涙を流されたのでした。