お天気雨予報

このお話を読む前に覚悟してください。

前書きでこんなことかいていいのか分かりませんが、とりあえず一言。
初心者丸出しです!

はい、すみません。
良かったら暇なときにでも読んでください。

 

私は雨。
暗く冷く悲しい雨。

だから日の光とは一生、交わらないの。


そう、あの日までは
そう思っていたの。


ザザザ―
放課後の教室、私は何となく窓の外を眺めていた。何もない、ただ雨が降り続ける窓の外を。
水無月(ミナツキ)さん、こんなところ
でなにしてるの?」
そんな私に話しかけてくるなんて珍しい人。そんな人は、一人しかいないけど。
「別に……何もしてない」
「窓の外に何か見えるの?」
この人……私の話聞く気ないでしょ。
その人物は私の隣りに椅子を持ってきて座った。
「ねぇ水無月さん。俺前々から思ってたんだけどさ、水無月さんだとよそよそしいからこれからは
雨美(ウミ)ちゃんって呼んで良い?」
「好きにして」
「じゃあ雨美にしよ」
なんでいきなり……
「呼び捨てなのよ」
あぁ、思わず口に出してしまった。
「だって雨美、好きにしてって言ったじゃんかよ。だから好きにした」
……この人を相手にしてると疲れる。
「そうね、そうだったね。どうせだからこれを機に私に関わらないで」
「何でそうなるんだよ……。俺やっと雨美に自然と話しかけれたと思ってたのに」
「貴方は他にも沢山話せる人がいるでしょ。わざわざ私じゃなくても」
「雨美じゃなきゃ駄目なんだよ」
…………えっと、今なんて言った?小声でよく聞こえなかったけど……まぁたいしたことじゃないか。
私は聞こえなかった言葉を敢えて聞き返すことはしなかった。聞いてしまったらもうこの人との関係を切ることは出来ないような気がしたから。
「何でもない。それよりさ、俺にもちゃんとした名前があるからそれで呼んで貰えると助かるんだけど……」
「分かった、朝田君。もう私に話しかけない方がいいわよ」
普通言いにくい台詞をスパッと言い切った。朝田君は少し驚いている様子だ。
それでいい、私は冷酷なの。だから貴方は近付かない方がいい。
しばらく無言の時が流れた。そして朝田君が口を開く。
「分かった、今日はもう帰ることにするよ。けど実は言うとさ、俺傘持って来るの忘れて雨が止むの待ってたんだよ」
「今日は夜まで降り続けるよ。それとも学校に泊まるつもり? それなら止めないけど」
朝田君は少し困った顔をする。
「はは、流石にそこまでは……。まぁ仕方ない、濡れて帰るか」
私は無言で鞄の中をあさる。そしてある物を手に取った。
「はい、これ貸すから」
私が朝田君に差し出した物は折り畳み傘。水色のチェックで男子がさしても別に違和感はない。
「え……いいの?」
「長い傘持ってきてるから平気。この柄なら男子でも大丈夫でしょ。だから早く帰りな、これから雨がもっと激しくなるわ」
「ありがとう。明日返す! じゃあな」
朝田君は持ってきた椅子を戻さずにそのままスクールバッグを持って教室の外に駆けて行った。
「当たり前じゃない。それより椅子片付けてってよ……。全く」
私は隣りにぽつんと残された椅子を元あった場所に戻すとまた窓の外を眺めた。


彼の名は
朝田光輝(アサダコウキ)
朝に光に輝くなんて、まるで太陽の子みたいな名前ね。私とは正反対。

彼は性格も太陽みたいな人だ。
いつも周りに誰かいて、クラスのムードメーカーで、明るくて、人気者で、頼りになって……私とは全く、別世界の人だ。

なのに何で今更私に関わろうとしてきたのか。その心は私に分かる訳がない。
哀れみ?いや、そんな感じでもない。
けどまぁ結局のところ、雨と太陽が交わることなんて無いんだから関係ないか……。彼もすぐに私から離れて行くだろう。

だから私は、突き放す。どうせ離れてしまうもの、今一緒にいる意味なんて……ないわ。


「おはよう、雨美。いや~今日もすごい雨だな」
翌朝、彼はまた誰かの椅子を勝手に借りて私の隣りに座った。
「雨美って毎朝学校くんの早いよな」
「別に、私は早いと思って無いわ」
「わ~相変わらず素っ気ないな。そんなに俺のこと嫌い?」
私は少し考える。別に嫌いじゃないけど……そういえば私、朝田君のことどう思ってるんだろう。
「嫌いじゃないわよ。多分どうでもいいんだと思う。どうせ時が経てば朝田君は私の側からいなくなるもの」
「えっ何、いなくなるのは決定事項なの?でもどうでもいいかは多分なんだよね、そこは希望が持てそうでよかった」
朝田君はコロコロ表情が変わる。焦ったり、安心したり……私には到底真似出来ないこと。私は常に無表情、無感情。やっぱり雨は、雨なんだ。

その時、教室のドアが勢いよく開いた。
「光輝おはよ!お前珍しく早いなぁ。あっ、そうそう、昨日のアニメ見たか?面白かったよなぁ~。お前もこっち来て話そうぜ」
「おぉ、ちょっと待った、すぐ行く!」
椅子を戻す朝田君。ほらね、すぐどこかに行ってしまう。
「悪い、ちょっとあっち行って来るわ。よかったら昨日みたいに放課後話そうぜ」
そう私に声を掛け足早に去っていく。
「結局いなくなってしまうじゃない。雨は雨らしく一人がいいのよ」
私は窓に映る自分にそう呟いた。


「水無月、水無月!」
「……はい」
六時間目の数学の授業、私は窓の外、一向に降り止む気配を見せない雨をぼんやりと見つめていたら、先生が名前を呼んでいることに気付かなかった。何回目かで初めて気付き返事をすると、先生は困った顔で私を見ていた。
「水無月、この問題を解いてみろ。あのな、いくら授業がつまらないからって俺の話くらいは聞いていてくれると助かるんだけど」
「すみません、以後気をつけます」
私は先生の説教紛いの頼み事を軽く受け流すと黒板に向かった。

どの教科の先生も、私には強く当たれない。なぜならやらなければならないことは人より倍以上出来ているからだ。
ノートは、黒板に書いてある事は勿論、重要なところや先生が言ったポイントも自分なりにアレンジして書き込む。宿題だって人より丁寧に仕上げ、直しだってやる。予習復習は当たり前だし、成績は常に学年一位をとるくらいだ。ま、先生からのうけがあまり良くないのは自覚済みだけど。

だから先生は問題の解説をしている時に私がぼんやりとしていても叱る事が出来ないの。ノートに先生の言葉が書いてあるから話を聞けと注意することも出来ない。結局のところ頼み事レベルになってしまうのだ。

やりにくい生徒だって分かってる。先生がなにより面倒くさいと思うタイプだって……。
でも、じゃないと雨の私は生きていけないから。

人なんて誰でも一緒。たとえそれが先生だろうと誰だろうと私には近付きたくないの。朝田君みたいな稀なケースだって、すぐ離れてくなら同じ様なもの。
私は一人で生きていくために、その術を今身に付けているだけ。何も特殊な事じゃない。たまたまその中に勉強も含まれていただけなの。

「先生、出来ました。これでいいでしょうか」
私はチョークを置いて先生に尋ねる。
「あぁ、完璧だ。戻っていいぞ。まぁ水無月みたいに出来ればいいんだが……出来ないのにぼーっとしとる奴は許せんな」
先生は鋭い視線を朝田君に浴びせる。私は席に戻るとまた外を眺めた。今日はたしか、夕方には晴れるんだっけな……。
「朝田! この問題解いてみろ」
「先生ー俺に分かる訳無いじゃないっすか」
「自分で言うな! 全くお前は、自覚しているなら少しは勉強しろ。朝田、今日のST後職員室来い。いいな」
「えー」
「いいな!」
朝田君は渋々頷いたようだ。また別の人が当てられ問題を解いている。いつもと変わらない授業風景。
同学年でも、朝田君がいるせいか、このクラスは一際明るくて騒がしい。そんな中で私は触れてはならない存在とされていた。クラスで一人、浮いているのだ。けど誰も私を責めない、いじめない。なぜなら恐れられているからだ。理由は知らないけど、私に関わると不幸になる、そんな噂が流れているらしい。
やっぱり雨なんだ……。そんな噂を聞く度に確信する。雨は洪水等の災害をもたらす。小さなことでも、足が濡れたとか、水溜まりで滑ったとか、雨に濡れたせいで風邪をひいたとか。不幸をもたらすんだ。

私は窓の外の雨に語りかけた。
お前は寂しくないか?雨でいるのは辛くないか?太陽に、なりたいと思ったことはないか?


放課後の教室。クラスメイトが少しずつ減っていき、最後は私一人になる。いつもの事だ。だけどおかしな事もある。私以外のスクバが誰かの机に乗っている。人はいないのに鞄はあるなんて、不用心な事。
その時誰かが扉を開けた。もとい扉を背中で開けようと頑張っている。
私は仕方なく開いてあげた。外からは二人の人物が顔を出す。
一人は数学の先生、一人は……朝田君。
「おぉ、水無月まだいたのか。ちょうどいい、こいつの仕事手伝ってやれ」
数学の先生は手ぶらでずかずかと教室に入って来る。朝田君は両手に沢山のプリントを抱えている。
先生、手が使えるなら開けてやってもいいじゃないですか。
「雨美サンキュー、助かったよ。先生たら酷いんだ、職員室行って何やらせる気かと思ったら雑用だぜ!しかもドアも開けてくんねぇし。雨美がいなかったらあそこで十分は費やしてたな」
「そう、それはよかったね。それで先生、私は何をすればいいんですか」
まだ朝田君はぐちぐち言っているが無視だ。仕事をしなければならないならさっさと終わらせるに限る。
「本当に手伝ってくれるのか、いや助かるよ。実は言うと朝田だけじゃ心配だったんでな。内容は朝田から聞いてやってくれ、出来たら職員室の俺のとこもって来い」
そう言い残すと先生は満面の笑みで教室から出ていった。
一体なんだったんだ……いいようにパシられたわけか、私は。たまには雨らしくないこともあるものね。

そっと空を伺うと、もう雨はほとんど止んでいた。


「悪いな、付き合わしちまって」
「別に、先生に頼まれたから手伝ってるだけだし。それに悪いと思ってるならもう少し急いでくれない?」
「ごめん……俺細かい作業苦手で」
朝田君はたちまちしおれてしまう。残念だけど、慰めたりしないからね。
私はあくまで作業を続けた。

大体、四種類のプリントホッチキスで留めるだけの作業なのに、何でそんなに時間が掛かるの?私が手伝いのはずなのに私が作った分の方が遥かに多いんだけど。

「はぁ、疲れた。ちょっと休憩しない?」
「駄目に決まってるでしょ。早く終わらせるのよ。こんな作業もさっさと出来ないだなんて、サッカー部エースが聞いて飽きれるわ」
あぁ、また余計なことを言ってしまった。朝田君の目が光ったのがよく分かる。
「知っててくれたのか!雨美が知ってるなんて……嬉しいぜ」
「べ……別に、クラスでしょっちゅう騒いでるから覚えちゃっただけよ」
「それでも今まで覚えててくれたなんて……感激の涙が」
「そんなことより早く作業やって」
私が静かに言い放つと朝田君は渋々といった感じでまたプリントを手にとった。しかしさっきよりも作業が早い気がする。慣れもあるかもしれないけど……気分が乗ってるから?
あぁ、太陽って本当によく分かんない。気持ち次第で行動に差が出るなんて……。雨、私は絶対に太陽になりたいとは思わないわ。

「やっと終わった……」
朝田君が最後の一部を閉じ終わり後は職員室に持って行くだけとなった。
「まだ終わってないわよ」
私は自分が作った分を持って立ち上がる。
「あ、俺が持つよ!」
「大丈夫、平気よ」
「せめて半分……」
「大丈夫って言ってるでしょ」
慌てている朝田君はほっとき私はさっさと教室を出て行った。
「雨美、ちょっと待てよ」
後ろから追いかけてくるのが分かったが私はスピードを緩めなかった。と、その時、廊下の窓が開いており強く風が吹き付けた。
「ーっ」
風に飛ばされていくつかプリントが落ちてしまう。その拍子に左指を切ってしまった。
「大丈夫か!」
朝田君が慌てて後ろから駆け寄ってきた。私と朝田君は取りあえずプリントの山を置いた。
私は散らばった分を拾おうと側に落ちたプリントに手を伸ばすと。
「雨美待った、今指怪我しただろ」
突然真剣な声を出した朝田君は私の左腕を掴むと自分の口元に引き寄せた。そして怪我した指をなめ……!
「ちょっ……朝田君って、本当に馬鹿なのね」
私は朝田君の手を振り払った。そして朝田に背を向け散らばったプリントを拾う。
「あ……ごめん。えっと、顔赤いけど大丈夫?」
「朝田君……貴方って人は」
「えっ、何? 待って待って、プリントは俺が持つから」
朝田君は私からプリントを取ると自分が持っていた分に重ねた。
「別に大丈夫なのに……」
「いいから、少しは俺にも顔立たせてくれよ」
そう言って歩き出す朝田君に私は無言でついていった。


情けない。
いきなりのことで驚いたからといってもまさか私があれだけのことで顔を赤くしてしまうなんて。
私はいつでも冷酷でいなければならないのに。あれくらい、何してんのって冷たく言って振り払わなければいけないのに。一瞬でも動揺してしまった。
雨の私が感情なんて……そんなこと許されてはならないのに。


職員室の前にくると私は扉を開けた。
「ありがと」
そう言って扉をくぐる朝田君に私も続いた。
「おぉ、待ってたぞ」
数学の先生が手を振っている。私達はその場所へ向かう。
「お疲れ様、助かったよ。にしても朝田、流石男子だな。女の子に荷物を持たせないところは紳士的だぞ」
「あったり前ですよ」
朝田君は先生に向かってピースする。
「けど、水無月も安心しろ。このプリントを見れば一目でお前がやったのはどれか分かる。というかほとんどお前だろ」
何に対して安心するのか分からないが取りあえず褒めてるっぽかったので私は曖昧に頷いた。
「よし、これで仕事は終わりだ。二人とも、今日はもう遅い。気をつけて帰れよ」
私は先生に軽く頭を下げて、朝田君は手を振って職員室を出た。


「雨美、家まで送ってくよ」
「いい、寄るところあるから」
「けどもう時間も遅いから危ないぜ」
「大丈夫、家近いから」
朝田君は私が学校から出るまでしつこく送ってくよと言ってきたが私はお節介とばかりに断った。実際、寄らなければならないところがあるのだ。

私は早足でその場所に向かった。
雨はもう完全に止んでいた。


その場所は学校と家までの道のりのちょうど真ん中辺りにある。小さい路地の間にぽつんとあるそれは、注意して見なければ何があるのか気がつかないくらいだ。
私はその場所につくと腰をかがめた。そこにあるのはボロボロのダンボールとその中にいる小さな子猫。
そう、重要なのは場所ではなくこの子猫なのだ。


見つけたのはつい一週間ほど前、たまたま路地の方を見たらこの子猫が視界に入った。子猫は泣く訳でもなく、寒い中でただ震えて私を見ていた。その顔は無表情で、そんな子猫の姿は雨を見つめる私にどこか似ていた。だからかもしれない、体が自然と動いたのだ。

その日も土砂降りの雨だったっけな。

私は子猫に近付くとハンドタオルで体を拭いてやり、たまたま持っていたビニール袋でそのダンボールを覆うようにかぶせてやった。
それから私は毎日子猫の元へ通うようになった。
何をするでもなく、ただ餌をやって、食べる姿を眺めているだけ。
それでも、珍しく自分と似たものを見たせいか子猫を無視することは出来なかった。側にいるだけで、何か分かってくれるような気がしたからかもしれない。


今日も私は餌をやって、食べ終わるまで眺めている。食べ終わったら軽く二・三回背中を撫でてやり立ち上がって再び帰路に着く。

毎日通うとよく分かる、あの猫が、少しずつ、弱っていくことが。もう長くはない。そんなこと、分かってはいても、ほおっておくことは出来なかった。


次の日は晴天だった。私が苦手な、太陽の日差し。私は教室に入ると真っ先に自分の席近くの窓のブラインドを閉めた。
「眩しいのは苦手なの」
そう一言呟いて席に着き、本を読んでいると朝田君が現れた。
「おはよ、雨美。今日は読書か」
「………………」
私は本に集中しているふりをした。
「夢中だなぁ……。あ、昨日返すの忘れてた折り畳み傘、ありがとな」
「どう致しまして」
私は本から目を離さずに傘を受け取った。これ以上話しかけても無駄かと悟ったのか、朝田君はじゃあまたと言ってどこかに消えた。
晴れの日に太陽と話すのは雨には酷だな。


その日の放課後は久し振りに教室で一人になれた。最近は何かと朝田君が絡んでくるから教室で一人になる機会も中々無かったのだ。
私は何となく、ブラインドを少し開けてみる。太陽の眩しい光りの下で、色々な部活が行われている。たまたま一番見やすい位置で駆け回っているサッカー部を見ていると誰かが振り返ってこちらを見た。それは明らかに故意的でその人は私を認識するとニッと笑った。

私は反射でブラインドを閉めてしまうがその人は確かに朝田君だった。

どうして……朝田君はこの窓を見たの?なんで私だと分かって笑ったの?一体朝田君は、何を考えているの?
私は雨だと分かってはいても、考えずにはいられなかった。


「いけない、もうこんな時間だ」
ふと時計を見上げると、もう五時を回っていた。私は立ち上がるとブラインドを開けてから教室を出た。
向かう先はもちろん、子猫の下。


子猫の下に着くと、私はスカートが汚れるのもに構わずダンボールの横に座った。
「今日は久し振りの晴天だったね……。暑くはなかったかい?私はちょと、苦しかったかな」
もう何日もこの子猫に餌をやっているが、話しかけたのは今日が初めてだ。どことなく甘えた声になるのは、子猫の命が長くない事を知っているからだろうか。

私は子猫が餌を食べ終わるまで、頭を撫で続けた。子猫は少しずつゆっくりと食べていく。このスピードも、初めて見つけたときよりも遅くなっている。

やっと餌を食べ終わり私は立ち上がった。スカートについた砂を軽く払う。
「じゃあまた明日」
無表情は変わらないけど、無感情ではいられなくなってるのかもしれない。
私はこの時、初めてそれを悟った。


しばらくは晴れの日が続いた。朝田君はまだ私に絡んでくる。放課後は部活で忙しいみたいだけど朝は早く来て私に話しかける。
私は心底うんざりしていた。いい加減に飽きてくれないかなと。
太陽は気紛れだ。ちょっと照ったかと思うとまたすぐに顔を隠す。
朝田君だってそれと一緒。私は自分に言い聞かせた。じゃないと雨が雨じゃなくなる気がして―。


今日は珍しく嫌な雨が降った。
何日も続いた晴天からのいきなりの大雨。雨は基本嫌いじゃないけど、今日は何か嫌な予感がする。何か恐ろしい事が待っているような……。
私はいつも放課後学校に残ってから子猫の下に行く。理由はただ、家に早く帰りたくないだけ。

けど、今日はそうしてはいられなかった。
お昼ごろから更に雨は激しさを増し、私の嫌な予感は確信へと変わりつつあった。
早く……早く子猫の下に!

授業中も気が気でなかった。早く放課後になってとひたすらに願っていた。授業も上の空で、先生の話は一切頭に入って来なかった。

雨なはずだけど、今はどうしても無感情でいられなかった。


帰りのSTが終わると私は教室を飛び出した。傘を持って帰るのも忘れて私は雨の中を全力で走った。

子猫の下に着いた時にはもう既に遅かった。
子猫は息も絶え絶えで私を見つめた。私はダンボールの横に座り込んで、子猫にそっと手を差し出すと初めて自分から寄り添ってきた。両手で包み込むように子猫を抱いた。
子猫は消え入りそうな声でニィーと鳴いて、動かなくなった。初めて子猫の鳴き声を聞いたが、それは本当に最初で最期だった。

私の頬を滴が伝う。雨と混ざって何がなんだか分からないけど、確かに泣いているんだと実感した。
私も、覚えている限りだと初めて泣いた。認めたくない気持ちもあったけど、認めざるを得ない気がした。

そんな時、私の視界に影が差した。と同時に私に降りつけていた雨も無くなる。
「こんなところで何やってんだよ。風邪引くぜ」
私は視線を上にあげる。とそこにはいつの間にか見慣れてしまったあの顔があった。
「朝田君こそ……こんなところで何してるの」
私は尋ねた。無機質で、力が無くて、悲しそうでも苦しそうでも無い、あの何か大切なものを失った時のすべてがどうでもよくなったような声で。
「雨美を探してたんだよ。傘忘れてっただろ」
朝田君は私に長傘を差し出す。私は受け取ろうとはしなかった。
「別に、私には必要ないわ。私は雨だもの」
他人にそんな事言っても、何言ってんだこいつって笑われるのは分かってた。だから誰にも言ったことはなかったけど、今は勝手に口から滑り出たんだもの、仕方ない。
けど、朝田君は笑ったりしなかった。
「そんな事言うなよ。悲しくなるだろ。せめて明るい雨でいてくれよ。枯れた大地に水をやる、恵みの雨で」
この時私ははっとした。雨にもそんな面があったのだと気付かされた。けど私は、素直になれない。強く唇を噛んだ。
「そんな事思う人、どうせ一部よ。雨が降って喜ぶ人なんて滅多にいないんだから。皆雨が降れば靴下が濡れた、髪が跳ねるって文句ばかり。朝田君だってサッカーが出来なくて嫌なんでしょ?本当は」
朝田君は暗い顔をした。けれど無理にも笑ってみせる。
「確かに俺はサッカーが出来ないのは嫌だけど、雨のお陰で雨美と話す機会が出来た。だから雨には感謝してるぜ。ずっと雨美に話しかけたかったんだ」
一瞬、頭がフリーズした。そういえば初めて朝田君に話しかけられた日は雨だったっけか……。なんで話しかけてきたんだっけ。
「あの時俺はたまたま教室にいた雨美に話しかけた体裁をとってたんだけど、実は言うと、ずっと二人きりになれるチャンスを狙ってたんだ」
「どうし……て」
私の口からは自然と言葉が漏れた。
「変な意味にとらないでくれよ?俺な、雨美がいつも教室に遅くまで残ってた事知ってたんだ。たまにだけどブラインド開けて空見てる事も。これは本当にたまたまなんだけど、部活中に教室の窓見たら雨美が見えてさ、その顔がなんだかすごく切ないようなそんな風に見えて、それからずっと気になってた。だからしょっちゅう窓見てたんだよ、先生に怒られつつも。そしたらこの前は空じゃなくて地上見てただろ?んで目が合った気がしてつい嬉しくて笑ってたらブラインド閉めちゃったんだけど、気付いてたかな。俺が話しかけれたのも、雨の日も教室にいるかなと思って見てみたらブラインド開けて雨見てたからさ、チャンスだと思ってつい勢い込んで話しかけた、そしたらすっごい変な事言ってたんだけど、雨美は飽きれないでちゃんと返事をしてくれた。素っ気ないのは変わらずだったけどな。俺その時……」
「止めて、もうそれ以上言わないで。太陽の貴方が何と言おうと私は冷たい雨なのよ!命を奪う、冷酷な……」
私は思わず叫んでた。もう感情に制御はつけれなかった。
「雨美、泣いてただろ」
「泣いてない!私に泣けるわけがない」
「泣いてたよな、現に今も。よく聞いてくれ。もし冷たい雨だとしたら、命が失われて泣くなんて、そんな優しい事出来ないと思うんだ。そう思わないか?この子猫が亡くなって、悲しいって思って泣くなんて事、出来ないだろ。なぜなら悲しいとかゆう心は優しい雨にしかないからだ。俺はな、雨美が雨だって事は否定しない。もし俺が雨美の中で太陽って認識ならペアみたいで嬉しいし」
朝田君はいつの間にかしゃがんでいて私に視線を合わせていた。私は俯いてひたすらに首を振る。
「お願いだから、聞いてくれ。俺は雨美を冷たいだなんて決して思わない。子猫を見捨てなかった雨美が冷たいはずがない。……俺もな、お前より先にこの子猫に気付いていたんだ。だけど、どう頑張っても死んでしまうって見るだけで分かったから、俺は知らない振りをしたんだ。死んだところを見て悲しみたくなかったから。けど雨美は死んでしまうと分かっていても少しでも長生きするように行動した。知らない振りする方が遥かに楽なのに、雨美はその道を選ばなかった。苦しむ道を選んだんだ。少しずつ弱っていく姿を見ながら、いつかは死んでしまうと覚悟して。俺もその道が選べたらって、今更ながら後悔してる。楽な道を選ぶとその分後悔も大きいんだって知ったよ。俺は弱かったんだ。悲しみに耐える覚悟が出来なかった。俺な、初めは窓から見えた雨美に一目ぼれみたいな感じだったけど、今は雨美の優しさも全てひっくるめて好きなんだ。俺にも雨美みたいな勇気が欲しくて、いつの間にか追いかけていた。だから、冷たい雨だなんて言わないでくれ!」

あぁ、そうだったのか。私は貴方から見たら、そんなに立派な雨になれていたんだ。
私も、太陽のこと、嫌いじゃないかもしれない。

「無意識にね、太陽を見ていることがあるの。とっても眩しくて暖かい。私もそれを求めていたのかもしれない。けれど私は、雨だからってそんな思いを切り離してきた。私も勇気がなかったのよ。朝田君みたいに輝いて、人を幸せに出来る自身がなかったの。だって自ら輝くことって、とっても難しいから。けどね、今なら私、今なら輝ける気がするの。太陽に反射してキラリと光る朝露のように、朝田君がいれば。……私、暖かい雨になれるかな?」
朝田君は私を思いきり抱き締めた。
「なれるに決まってんだろ!ってかもうすでに、俺にとっては大きすぎるほど暖かい雨なんだけどなっ。……俺、何もかも全て照らし出せるような太陽になるよ。雨すらも、明るく暖かく照らす太陽に」
「……もうすでになってるよ、私にとっては。とても温かい太陽だよ」
「そうか、それはよかった」
朝田君がふっと笑うのが、抱き締められた状態でも分かった。私も釣られて笑ってみる。
「うん、私も嬉しいよ」

あんなに降っていた雨が、今はもう小雨になっている。
「あっ」
私達は二人同時にそう言って空を仰いだ。
空には太陽が照り始め、しかし雨は降り続けた。
「お天気雨だ」
私がそう呟くと、朝田君はニッコリと笑った。
「まるで俺らみたいだな」
「そうね、太陽と雨が出会うこともあるのよね、忘れてた」
「だな。俺らを祝福してくれてたりして」
「かもね」
私達は顔を見合わせると笑いあった。
お天気雨の下、二人の笑い声が響き渡っていた。

「ねぇ、今からこの子猫のお墓作りに行きましょ。天に還れるように」
「あぁ、いこうか」
私は差し出された手を握る。
お天気雨の下、私達は駆け抜けた。
これが私の、新たな始まりの日だ。私に輝きをくれた太陽と一緒に、創ろう、未来を。


ねぇねぇ、お天気雨って知ってる?
あぁ、狐の嫁入りでしょ
そうだけど……私ね、あれは太陽と雨の出会いの日だと思うの
なにそれ~
だから、普段滅多に出会わないものが出会えた特別な日なの
へぇ~メルヘンね
私ね、それはとっても幸せな日だと思うんだ

―・fin・―