さて、これは私が某ランドに母と二人で泊まったホテルでの記憶で或る。
しかし・・・父は居なかったのか証拠が無い。
残されたのは、先ほどの情報だけなのだから。
しかも、私の記憶は昔テレビ放送された「置手紙京子の備忘録」の京子さんと同じだ。
なので、既視感を覚えたものだ。
頼りの母は現在、脳しゅようとリュウマチで要介護5の状態だ。
「置手紙京子・・・」並みの私にフォロー出来るはずもなく、70代の父がワンオペに近くメインで行い毎日2回の訪問看護と毎日1回のヘルパーにより過ごしてる。
ちなみに母は「脳しゅようの手術、致しません。薬も飲みません。けいれん起こっても、そのままで。」と最初から意思決定を明かしてます。
まあ・・・意識失えば速攻で、痙攣起これば速攻で問答無用で父が救急車を呼びます。
母の意思を知りえてるにも関わらず母と出会ってから本日まで、一切自分の考えを改めることはあり得ません。
元祖・・・執着系男なのです。
その結果が・・・一人娘の私の存在です。
しかも私は母が病院に行き「このままでは予定日に生まれないかもしれませんね。」と言われて次の日に私は生まれてしまいました。
だからこそ、母は病院を医師を看護師を疑念が、信用が今一つあり得ないのです。
全ては「私が生まれてしまった」結果が今の母の状態へと結びつけるのです。