だいぶ長く更新できていませんでした
なんだか前回までの怒涛の記録を書き終えて、
1番辛かった日まで書かないと…と思って
一気に書いていたら、
書き終えて抜け殻のようになっていたのかな
なかなか次を書こうと思えず、
ずるずる
しかし途中で終わってしまっては意味がない。
またボチボチ書きます
前回が、絨毛膜羊膜炎との出会いでしたね。
退院後、鬼のようにスマホで検索していました
今思うと、精神的に異常ですね。
うつ状態のようなものだったのかな
でもいくら絨毛膜羊膜炎や子宮内感染で検索をかけたとしても、ネット上ではなかなか情報はありません。
家にある看護の教科書でも、ほんのさらりとしか。
ましてや医学書でもさらりです。
基本的には、絨毛膜羊膜炎になってしまったら、いかに早く妊娠を終わらせるか。
そう考える。
赤ちゃんの在胎週数と、子宮内感染の進行度合いを照らし合わせ、最適な分娩日を選択するというのが、
治療法です…
もはや、出すしかないということですね。
外界に出て生きられる可能性があるとされる週数は在胎22週以降です。
でもそれは、ただの可能性です。
生きられるとは決まっていないし、生きられたとして、障害を抱えて生きて行く覚悟が必要です。
もちろん、生きられて障害も残らなかった。
そういう例も多々あります。
でも、そうでない例も多々ある。
それが現実。
20週台というのは、怖いものです…
30週台に入ると、だいぶ希望が見えてきます。
未熟性のみの異常であれば、ほぼ生きられますし、障害を残す可能性もぐっと減ります。
なので、20週台で絨毛膜羊膜炎となったら、
とにかく限界までもたせてもたせて…
30週台だったら、早期に分娩、そう考えられ、
10週台だった私は、早期に流産を。
そう治療が進められたわけです。
子宮収縮が始まってからではもう遅い。
それまでに予防しなければならない。
でも、予防方法はない。
そして、感染する人は、そういう素質を持っているわけで、次の妊娠でも繰り返す可能性がある。
でも、繰り返さない可能性もある。
このような情報では、
恐怖しか残らない
また妊娠できたとして、今回よりもう少し長く継続できたとして、
20週台に破水してしまったら…
我が子を危険な目に合わせる。
そして、一生抱えていかなければならない障害を与えるかもしれないのだ。
そう思ったら、私は妊娠してはいけないのでは、と
思わずにはいられませんでした
でも繰り返さない可能性もあるわけで、
考えすぎとも言えるかもしれません。
こうして出口のない絨毛膜羊膜炎の恐怖に
私ははまってゆきました。
次回は、医学からではなく、体験者のブログからの情報です