
母が私をわからなくなったとき嬉しかった。確執の終焉
よくたまに実家を訪れる人の「お母さんが私をわからなくて悲しい」という内容を見聞きしますが、それは良好な関係だったからでしょう
ぜーんぜん悲しくなかったです
母のキツイ気性は、家族、兄弟、近所から疎まれてましたから
口を開けば、批判と悪口
ちなみに高慢ちきな美人
ケアマネジャーも職員さんたちも「お母さんはプロでも大変」とプロ泣かせでした
完全に認知症が進んだら私を職員と思うようになり
「おはようございます」「ありがとうございます」と言って(@_@;)びっくりしました
認知症が進んだとき初めて母がかわいくなりました
親子は終わったゼ
よかったよかった♪って感じ
あの人はだれ?
前にブログで書きましたが、ケアマネジャーと同じ印象
母は奥方様で父は下男
前世というものがあるならほんとにそうだったんじゃないかな
奥方様をお守りするのが私の勤めでそれが幸せ的な
母がデイサービスに通っていた頃
几帳面で生真面目な父は、帰りの5時前から準備をし、玄関の外で待っていたのです
きっちりと
デイサービスの車が着くと「ありがとうございました。お帰りなさい、おかあさん」と車椅子を押すのです
なんだかなぁ、とその光景を毎日見ていました
母は、憮然とした表情
施設では、もはや母の強キャラはユーモラスに映っていたようで「◯◯ちゃん」と呼ばれていました😂
ある日、車椅子の母が私に
「あの人は、ここで働いてる人?」と言いました
「プハッ!リアル下男じゃん」吹き出した粉雪は、母に
「そうよ。長く働いてる人よ」
奥方様「あ、そうなの」
連れ添った父をわからなくなった瞬間でした