久しぶりの投稿です。(^-^;ゞ

私はブログを書くのが結構趣味で、このブログはそのひとつ。
「間違いだらけの復縁法」はむちゃくちゃに言いたい事を書いているので、プライベートについては伏せてあり、旦那はもちろん、友人知人の中でこのブログを書いているのを知っている人はひとりもいない。
実はブログを同時に3、4つ動かして、1年以上止まっているのも合わせると合計で7つくらいあります。(^-^;ゞ
このブログの他にもうひとつアメブロをやっています。
私はブログを書くのが好きなのです。

そして、プライベートで「プチ鬱」の様な状態になり、全てのブログが止まってしまいました。
普通の鬱とは比べ物にならないほど程度は軽いのですが、私なりにやる気がなくなり、人と会いたくないとか、仲の良い友達とすら連絡が途絶える事もありました。

その原因は…。
実は、原因が何かはいまだはっきりしません。(^-^;ゞ
思い当たる事は、完全主婦を辞め、時間が自由になる仕事をゲットして最近働き始めたのです。
私は外での仕事を辞めてしまうと精神が腐る人種のようです。(^-^;ゞ
やっと徐々にですが、元気を取り戻しています。

話題は本題に戻ります。
私が管理しているぐるっぽ「間違いだらけの復縁法」には、少人数ながら質問がちらほらあります。
プチ鬱でブログは止まっても、せめてそれだけはと思い何とか返事を差し上げます。(^-^;ゞ

その中で思うのは、私の相談者は苦しい事に耐えようと必死に頑張っていると言う事です。
時々、相談者の中で復縁の事を書いている人のブログをこっそり訪れますが、涙が出るような努力をしておられます。
自分に言い聞かせるように立ち直ろうと必死です。

失恋は誰だって苦しい。
その苦しみから逃げるように復縁を願う人が多いものです。
しかし、逃げ場なんてどこにもありません。
大切な人を本当になくしてとても大事な事を気付く事ができるのです。
立ち直ろうとしている人のブログは、自分の逃げ場を捨てて必死に前を向こうとがんばっているのです。

そして、人生はいくらでもやり直しがききます。
もし、復縁できなくても人生を諦める必要はないのです。
その事を勘違いして「復縁を諦めない」と言う結論を出す人がいます。
でも、可能性がない所で諦めないで行動している事は、前向きでもなければ実る努力でもありません。

私の復縁相談は「復縁できる方法」を教えるのではなく、どうしても辛い事に耐えましょう、復縁の可能性は幸せになる道のひとつに過ぎませんよ、と言う事を説いてしまう事になります。
おかげで復縁する人よりも、新しい相手を見つけたり、新しい道に向かってしっかりと歩き続ける人の報告が圧倒的に多かったりします。

所詮、失恋や復縁で傷ついた心を癒す方法はこれしかないのかも知れません。
私の相談者が復縁ではなく他の幸せをゲットするのは、本来は一番正しい姿なのかも知れません。
失恋の痛みから逃げて逃げて、復縁活動を前向きと信じ、それしか目標や自分の世界がない人。
復縁グルっぽで同じ状況の人を探して傷をなめ合うしか、安らぎがないのです。

私の言葉を勘違いして「復縁できないとしか言ってくれない」と言う人もいます。
私は「今の状況では復縁は厳しい」とは言いますが、「あなたは復縁できません」と言った事は一度もありません。

復縁は神様が与えてくれるサプライズのようなもの。
でも、決して喜んではいけません。
神様が教えてくれる「これを逃したらもうあなたのチャンスはないのよ」と言う警告。
もう一度同じ相手で恋愛の修行をしなさいと言う通告です。
復縁できてからがこそ、いばらの道なのです。

そして失恋は、神様が与えてくれるあなたの恋愛力を上げてくれる修行の場です。
人間は苦しい事に耐えきってこそ成長します。
そこに勝手に逃げ場を作って復縁活動をしている人は、修行を拒否して成長をやめた人。
そんな人に幸せはやってくるでしょうか?????

良い復縁活動をしている人とそうでない人は確実に存在します。
私にはそれを見分ける方法が少しだけ解っているだけだと言う事です。

それでも復縁は嬉しいものですね。
復縁の報告を聞くと、お祝いの言葉をかけて一緒に喜びます。

でも、それは幸せの始まりとは限りません。
一度ケチのついた恋愛です。
その事を肝に銘じて、復縁は素晴らしいものだと言う考え自体を捨てて下さい。

復縁を諦められる人の方が何倍も幸せになれる可能性を秘めていると言う事なのです。
以前も書いた事があるのですが、恋愛相談や復縁相談でよく「私、病んでます」と言うのを見かけます。
気軽に「病む」と言う言葉を使いがちですが、どう言う事なのでしょうか?
なぜ「落ち込む」とか「ふさぎ込んでいる」と言う言葉を使わずに「病んでる」と言うのでしょうか?

使ってる本人は「病む」と言うのはやはり「精神的に病んでいる状態」だと言いたいのだと思います。

「私はあなた達が考えてる程度の落ち込み用やふさぎ込み用じゃないの。本気でご飯も食べられないし、何も手に付かないし、あの人の事ばかり考えてるの。普通に失恋して落胆してると思わないで!私のあの人への思いは普通では考えられないほど強かったの」

つまり、↑こう言いたいのでしょう。
復縁希望者の場合これに「だから復縁望んだって当然でしょ?」と言うのがくっついてきます。
まあ、軽い言い訳のようなものだと思います。

しかし、失恋とは一般的にそう言うものなのです。
初めて失恋する人や、強く入れ込んだ人との失恋の経験が少ない人、または今まで失恋以上の苦労を知らずに来た人などは、ここでやられてしまうのです。

実は、仕事の関係で少し心の病気の勉強をしています。
身体が100%完璧に持病も虫歯もかすり傷一つない健康体の人がなかなかいないように、心に傷や病を抱えてない人はほぼいません。
どんな人も、大小あれどトラウマを持っているし、10人にひとりは一度は鬱になると言われています。

さて、勉強をしてわかる事もあるのですが、やはり「病んでる状態」で問題がある人もいるのです。
放っておくと危険で入院を要する人です。

■自殺願望が強い人。
目を離すとリストカットなどを繰り返しす人は「病んでます」とネット上に発表している場合ではありません。
早急に入院して誰かの監視下に置かれる必要があり、心のケアが大切になってきます。

■食事を摂らない・摂れない人。
これは、食事を全く受け入れる事ができず、口に入れても飲み込めず、あるいは飲み込んでも吐き戻してしまう人。点滴等を使って栄養補給をする事が必要になります。
少々食欲がなくても飲み物だけでも飲めたり、三日目くらいには何らかの形で口から栄養が取れる人は入院の必要まではありませんが、病院に相談した方がいいですね。

■イライラしてじっとしていられない人。
悲しい事や嫌な事を思い出して、血だらけになるほど自分の頭を壁に打ち付けたり皮膚をかきむしったりしてイライラが収まらない人は危険です。
自殺願望がなく自傷行為自体が軽くても専門家のケアが必要になります。

■自宅の環境が悪すぎて養生できない人。
家族が暴れている、隣が大迷惑な人、騒音で眠れない、などの何らかの状況でゆっくり安静にする事ができない人。
精神的な病はしっかり身体を休める必要もあるのです。

とまあ、病んでる人の一例です。
こんな状態の人は、ネットで素人の適当な慰めしかない掲示板に書き込んでいる場合ではありません。
ちゃんと、プロのケアを受けて一日も精神的に正常な状態を取り戻す必要があるのです。

でも、そんなめんどくさい事はできない、あるいは治療を受けるお金がない、人に知られるのは恥ずかしい、などの様々な理由でプロのケアを遠ざける人もいます。
そんな人は自分でケアをする事をお勧めします。やるよりやらない方がマシ、と言う程度になりますが。
その方法は、長くなるので、後日アップします!

「病む」と言う状況がどの程度のものかご理解頂けましたでしょうか?
あなたが本当に病んでいるなら、もっと深刻に考えるべき。
そして、病んでいると言うほどでもなければ、簡単に「病んでます」などと大げさに書いて、他人を心配させない事。

こう言う一般大衆に向けての礼儀とかマナーとかは、復縁に置ける自分磨きに大きく関わります。
こんな書き込みをすると、読んでる人はどう思うか、そして不愉快にならないような対応ができると言う事は結構大切な事なので、気をつけたい所ですね。

相談スレッドで何人もの人に同じような注意を受けているのに、反論して自分を曲げないような人は要注意ですよ!
久しぶりの更新です。
今週半ばから、旦那の夏休みを利用して旅行に行きます。\(^o^) /
出発までに喧嘩がなく平穏であれば予定通りです。(年末に企画した海外旅行は大喧嘩により流れました。思い出しただけでムカつきます)

さて、みなさんは復縁を望む相手の事を好きで好きでたまらない、と思っていると思います。
別れた時の揉めに揉めた事を思い出すと「あんな事を言われて本当に好きなのかな?」あるいは「傷ついた・冷めた」と思う複雑で嫌な気持ちを、過去の楽しく過ごした記憶で塗りつぶして「やっぱり好きだから!」と結論を出す。

…と言う人が多いと思います。
「冷めた」と「好き」を天秤にかけて「好き」を選ぶのです。
しかし、考えてみましょう。
天秤にかけた時は「冷めた」と言う気持ちは確かに存在していたはず。
「自分の本当の気持ちは好きって方だ!」と気が付くのはいいのですが、「冷めた」という気持ちをなかった事にするのはどうなのでしょうか?

人の心はいつも両極端で葛藤しています。
例えばあなたの中に人に対する思いで「否定的で冷たい部分」と「あたたかな部分」が必ずあるはず。
冷たい部分を無視して「私はあたたかくて優しい人です!」と言えるとしたら偽善者です。
冷たい部分もあたたかい部分も両方とも真のあなたの姿。
どちらが嘘とか、どちらが本当の姿かとか、言える物ではないのです。

振られて拒否されて連絡が途絶えていきなり突き放されると、そこには大きな寂しさが訪れます。
大きな寂しさは大きな苦しみを与えます。
本当はこんな仕打ちをする相手を、本気で好きだと思える人は少ないと思うのです。
自分が悪いと言う事を差し引いても、その仕打ちを受けた時は「大好きな人」とは思っていないはずです。

しかし、人間の記憶と言うのは、都合の良い事に悪い記憶よりもいい記憶の方が鮮明に覚えている物なのです。
つまり、悪い記憶(嫌われた・叱られた・喧嘩した)よりも善い記憶(楽しかった・褒められた・愛された)と言う記憶の方が大きくクローズアップされるのです。

そんな不公平な条件で天秤にかけたところで、気持ちは「好き」の方に傾くに決まってるのです。
「どんなに考えてもやっぱり好きなんだ!」に考えが至る人は、相手が好きな気持ちが大きいのではなく、最初から不利な条件で天秤にかけているだけなのです。

そして、別れてから好きだった人の事を思う毎日がやってきます。
記憶が反芻されるのは楽しかった思い出ばかり。
相手と向かい合うチャンスがないので別れ際に言われた酷い仕打ちも忘れてしまいます。

そして時には相手が他の人と付き合っている事すら無視しようとします。
付き合ってる間はちょっと他の異性に心を寄せただけでも激しく相手を責め立てて別れると騒いでいたのが、復縁を望む今では相手が他の異性と心も身体も寄り添う事を寛大に許し、健気に相手を待ち続ける…。
これが、本当のあなたの気持ちなのでしょうか?????

すべては自分を救う為なのです。
相手が好きと思う気持ちは、自分を救う最後の砦なのです。
そこがなくなったら、大きな喪失感と苦しみを真正面から受け止めなければならない、その苦しみに耐えられない自分が可哀想だから復縁を願うのです。

そんな人が復縁の可能性をすべて奪われたらどうなるでしょうか?
例えば相手が結婚してしまったらどうなるでしょうか???
復縁希望者はたちまち希望を失い、生活力をなくし、普通に生きて行くのが嫌になります。
そんな「生ける屍」状態に陥る時間と、それまで淡い復縁の期待を抱いていた時間が人生最大の無駄になる事でしょう。

復縁希望者は復縁できる未来だけを見つめて依存し、生きているのです。
それが、いかに無駄な事かを知るべきなのです。
現実を見る。
そして、本当の可能性を見いだして、その可能性はいつでも諦められるものにしておく。
そうでないと、健全な復縁活動はできないと思います。

話は逸れましたが、あなたは復縁後の為にも、相手の嫌な所、自分にとって苦手な所を再認識する必要があります。

それを考えると相手を一途に「好きだ好きだ」と暗示をかけている場合ではありません。
「私は一途に彼(彼女)が好き♪」と言ってる人は、要注意です!!
そんな事は絶対になのです。

相手のいい所や好きな所は苦労して探さなくてもいつも考えています。
でも、それさえも正しい事なのかどうか…。
復縁に目がくらんで、相手を美化していませんか?
想像の中で自分の都合のいい相手に仕立てて猛烈に思い込んでいませんか?

過去の優しくしてくれた事、楽しかった事は今はもう幻。
今、あなたが相手にどう思われているか、それが全てだと言う事を忘れないで下さい。