久しぶりの更新です。
今週半ばから、旦那の夏休みを利用して旅行に行きます。\(^o^) /
出発までに喧嘩がなく平穏であれば予定通りです。(年末に企画した海外旅行は大喧嘩により流れました。思い出しただけでムカつきます)
さて、みなさんは復縁を望む相手の事を好きで好きでたまらない、と思っていると思います。
別れた時の揉めに揉めた事を思い出すと「あんな事を言われて本当に好きなのかな?」あるいは「傷ついた・冷めた」と思う複雑で嫌な気持ちを、過去の楽しく過ごした記憶で塗りつぶして「やっぱり好きだから!」と結論を出す。
…と言う人が多いと思います。
「冷めた」と「好き」を天秤にかけて「好き」を選ぶのです。
しかし、考えてみましょう。
天秤にかけた時は「冷めた」と言う気持ちは確かに存在していたはず。
「自分の本当の気持ちは好きって方だ!」と気が付くのはいいのですが、「冷めた」という気持ちをなかった事にするのはどうなのでしょうか?
人の心はいつも両極端で葛藤しています。
例えばあなたの中に人に対する思いで「否定的で冷たい部分」と「あたたかな部分」が必ずあるはず。
冷たい部分を無視して「私はあたたかくて優しい人です!」と言えるとしたら偽善者です。
冷たい部分もあたたかい部分も両方とも真のあなたの姿。
どちらが嘘とか、どちらが本当の姿かとか、言える物ではないのです。
振られて拒否されて連絡が途絶えていきなり突き放されると、そこには大きな寂しさが訪れます。
大きな寂しさは大きな苦しみを与えます。
本当はこんな仕打ちをする相手を、本気で好きだと思える人は少ないと思うのです。
自分が悪いと言う事を差し引いても、その仕打ちを受けた時は「大好きな人」とは思っていないはずです。
しかし、人間の記憶と言うのは、都合の良い事に悪い記憶よりもいい記憶の方が鮮明に覚えている物なのです。
つまり、悪い記憶(嫌われた・叱られた・喧嘩した)よりも善い記憶(楽しかった・褒められた・愛された)と言う記憶の方が大きくクローズアップされるのです。
そんな不公平な条件で天秤にかけたところで、気持ちは「好き」の方に傾くに決まってるのです。
「どんなに考えてもやっぱり好きなんだ!」に考えが至る人は、相手が好きな気持ちが大きいのではなく、最初から不利な条件で天秤にかけているだけなのです。
そして、別れてから好きだった人の事を思う毎日がやってきます。
記憶が反芻されるのは楽しかった思い出ばかり。
相手と向かい合うチャンスがないので別れ際に言われた酷い仕打ちも忘れてしまいます。
そして時には相手が他の人と付き合っている事すら無視しようとします。
付き合ってる間はちょっと他の異性に心を寄せただけでも激しく相手を責め立てて別れると騒いでいたのが、復縁を望む今では相手が他の異性と心も身体も寄り添う事を寛大に許し、健気に相手を待ち続ける…。
これが、本当のあなたの気持ちなのでしょうか?????
すべては自分を救う為なのです。
相手が好きと思う気持ちは、自分を救う最後の砦なのです。
そこがなくなったら、大きな喪失感と苦しみを真正面から受け止めなければならない、その苦しみに耐えられない自分が可哀想だから復縁を願うのです。
そんな人が復縁の可能性をすべて奪われたらどうなるでしょうか?
例えば相手が結婚してしまったらどうなるでしょうか???
復縁希望者はたちまち希望を失い、生活力をなくし、普通に生きて行くのが嫌になります。
そんな「生ける屍」状態に陥る時間と、それまで淡い復縁の期待を抱いていた時間が人生最大の無駄になる事でしょう。
復縁希望者は復縁できる未来だけを見つめて依存し、生きているのです。
それが、いかに無駄な事かを知るべきなのです。
現実を見る。
そして、本当の可能性を見いだして、その可能性はいつでも諦められるものにしておく。
そうでないと、健全な復縁活動はできないと思います。
話は逸れましたが、あなたは復縁後の為にも、相手の嫌な所、自分にとって苦手な所を再認識する必要があります。
それを考えると相手を一途に「好きだ好きだ」と暗示をかけている場合ではありません。
「私は一途に彼(彼女)が好き♪」と言ってる人は、要注意です!!
そんな事は絶対になのです。
相手のいい所や好きな所は苦労して探さなくてもいつも考えています。
でも、それさえも正しい事なのかどうか…。
復縁に目がくらんで、相手を美化していませんか?
想像の中で自分の都合のいい相手に仕立てて猛烈に思い込んでいませんか?
過去の優しくしてくれた事、楽しかった事は今はもう幻。
今、あなたが相手にどう思われているか、それが全てだと言う事を忘れないで下さい。
今週半ばから、旦那の夏休みを利用して旅行に行きます。\(^o^) /
出発までに喧嘩がなく平穏であれば予定通りです。(年末に企画した海外旅行は大喧嘩により流れました。思い出しただけでムカつきます)
さて、みなさんは復縁を望む相手の事を好きで好きでたまらない、と思っていると思います。
別れた時の揉めに揉めた事を思い出すと「あんな事を言われて本当に好きなのかな?」あるいは「傷ついた・冷めた」と思う複雑で嫌な気持ちを、過去の楽しく過ごした記憶で塗りつぶして「やっぱり好きだから!」と結論を出す。
…と言う人が多いと思います。
「冷めた」と「好き」を天秤にかけて「好き」を選ぶのです。
しかし、考えてみましょう。
天秤にかけた時は「冷めた」と言う気持ちは確かに存在していたはず。
「自分の本当の気持ちは好きって方だ!」と気が付くのはいいのですが、「冷めた」という気持ちをなかった事にするのはどうなのでしょうか?
人の心はいつも両極端で葛藤しています。
例えばあなたの中に人に対する思いで「否定的で冷たい部分」と「あたたかな部分」が必ずあるはず。
冷たい部分を無視して「私はあたたかくて優しい人です!」と言えるとしたら偽善者です。
冷たい部分もあたたかい部分も両方とも真のあなたの姿。
どちらが嘘とか、どちらが本当の姿かとか、言える物ではないのです。
振られて拒否されて連絡が途絶えていきなり突き放されると、そこには大きな寂しさが訪れます。
大きな寂しさは大きな苦しみを与えます。
本当はこんな仕打ちをする相手を、本気で好きだと思える人は少ないと思うのです。
自分が悪いと言う事を差し引いても、その仕打ちを受けた時は「大好きな人」とは思っていないはずです。
しかし、人間の記憶と言うのは、都合の良い事に悪い記憶よりもいい記憶の方が鮮明に覚えている物なのです。
つまり、悪い記憶(嫌われた・叱られた・喧嘩した)よりも善い記憶(楽しかった・褒められた・愛された)と言う記憶の方が大きくクローズアップされるのです。
そんな不公平な条件で天秤にかけたところで、気持ちは「好き」の方に傾くに決まってるのです。
「どんなに考えてもやっぱり好きなんだ!」に考えが至る人は、相手が好きな気持ちが大きいのではなく、最初から不利な条件で天秤にかけているだけなのです。
そして、別れてから好きだった人の事を思う毎日がやってきます。
記憶が反芻されるのは楽しかった思い出ばかり。
相手と向かい合うチャンスがないので別れ際に言われた酷い仕打ちも忘れてしまいます。
そして時には相手が他の人と付き合っている事すら無視しようとします。
付き合ってる間はちょっと他の異性に心を寄せただけでも激しく相手を責め立てて別れると騒いでいたのが、復縁を望む今では相手が他の異性と心も身体も寄り添う事を寛大に許し、健気に相手を待ち続ける…。
これが、本当のあなたの気持ちなのでしょうか?????
すべては自分を救う為なのです。
相手が好きと思う気持ちは、自分を救う最後の砦なのです。
そこがなくなったら、大きな喪失感と苦しみを真正面から受け止めなければならない、その苦しみに耐えられない自分が可哀想だから復縁を願うのです。
そんな人が復縁の可能性をすべて奪われたらどうなるでしょうか?
例えば相手が結婚してしまったらどうなるでしょうか???
復縁希望者はたちまち希望を失い、生活力をなくし、普通に生きて行くのが嫌になります。
そんな「生ける屍」状態に陥る時間と、それまで淡い復縁の期待を抱いていた時間が人生最大の無駄になる事でしょう。
復縁希望者は復縁できる未来だけを見つめて依存し、生きているのです。
それが、いかに無駄な事かを知るべきなのです。
現実を見る。
そして、本当の可能性を見いだして、その可能性はいつでも諦められるものにしておく。
そうでないと、健全な復縁活動はできないと思います。
話は逸れましたが、あなたは復縁後の為にも、相手の嫌な所、自分にとって苦手な所を再認識する必要があります。
それを考えると相手を一途に「好きだ好きだ」と暗示をかけている場合ではありません。
「私は一途に彼(彼女)が好き♪」と言ってる人は、要注意です!!
そんな事は絶対になのです。
相手のいい所や好きな所は苦労して探さなくてもいつも考えています。
でも、それさえも正しい事なのかどうか…。
復縁に目がくらんで、相手を美化していませんか?
想像の中で自分の都合のいい相手に仕立てて猛烈に思い込んでいませんか?
過去の優しくしてくれた事、楽しかった事は今はもう幻。
今、あなたが相手にどう思われているか、それが全てだと言う事を忘れないで下さい。