前回「復縁希望者は優しくない」ということを書きました。
私が書いていた事に該当する状況で耳が痛かった人もいたかもしれません。
耳が痛い人はそれでいいのです。
まず、聞く耳を持ち、認める事が大切ですね。

では、優しくある為にはどうすればいいのか?
これはなかなか難しく、永遠のテーマだと思います。
本当の優しさを理解している人は世の中にも少ないものです。
だから前回「人としてのあり方をお坊さんに聞け」と書いたのです。

別にお坊さんじゃなくても教会の神父さんや牧師さん、神社の神主さんでも構いません。
宗派は何でもいいし、別に宗教じみた話ではありません。
人のあり方や関わり方を勉強し、修行を重ねている人と接したり話を聞くのは大切な事なのです。

別れた相手に「あなたのこんな部分が気に入らない」と、言われた事に関して十中八九は、あなたが真に優しい人であればクリアできる事であったと思います。
あなたが相手をないがしろにし、無礼を働いて来た事を悔いているのなら、誰に対しても優しくあることを目指せばほとんどの悩みは解決できるのではないでしょうか?

人として本当に優しくある為には、精神的に強くて賢くある必要があります。
もちろん、心が弱くて愚かであっても優しい人はいますが、強さと賢さを持った人の優しさには到底及びません。
あなたがもし、復縁を目指しているならこのレベルまでの優しさや思いやりが必要になるのです。

精神的に弱い人は、自分の精神を守る為に他人を傷つける事があります。
賢くない、すなわち物事や人の心の真偽を知らない人も平気で人を傷つける事があります。

「自分は優しい人だと思う」と言う人の半分以上はそうではない場合が多いと思います。
優しい気持ちになったり人に親切にしたりする事が優しい事である、と単純に思っていたら大間違いなのです。

私自身の事を言えば、私は優しい人間ではないと思っています。
自分の攻撃性も良くわかっています。
だから、それを戒める為に「怒り」を押さえると言うせめてもの努力をしているのです。
怒らなければ人を攻撃する事もないと考えての事です。

でも、それだけでは「人への心遣い」「相手の立場に立つ」と言う究極の優しさまでは身につける事はできません。(これだって壮大な努力なのです!)
もっともっと修行を積まなければならないと思っています。(^-^;ゞ

このように、自分の欠点が何かわかってやっている、あるいは自分の能力以上の事は諦めてフォローする事が出来る場合はまだマシなのです。
一番厄介なのは、自分は優しいと思い込んでいてそうではない人です。

自分は、夫(妻)や彼氏(彼女)が満足してくれるように優しく接している、と言う人は、果たしてそうなのかどうなのかを自分に問いかけてみる事です。

例えばプレゼントをする事一つを取っても、優しい人とそうでない人の差が出てきます。
りんごを欲しがってる人にりんごをプレゼントできるのが優しい人。
では、りんごを欲しがってる人に高級なメロンをプレゼントする人はどうでしょうか?

高級なメロンが、プレゼントされる人にとってりんごよりも役に立ち、本人の心の奥底ではりんごよりも欲しいものである事を見抜いていれば、それは本当に優しい人の行為です。
この場合、相手の心と状況を読む賢さと、高級な物を買う財力(強さ)がないとなし得ない事です。

しかし、送られる本人が明らかに高級なメロンよりもりんごが必要な場合は、空気の読めない思いやりのない人に成り下がってしまうのです。
そのプレゼントは相手の心に響かず、せっかく苦労して身につけた強さも「お金じゃないのよ」などと思われ、嫌みとして見せつけただけに終わります。

まず、真に優しい人であるには、今の自分の実力と現状を知る事です。
そして、本当にその人にとって優しいとはどう言う事であるか?と言うのをわきまえられるかどうかです。
それを知らないだけでその親切心は凶器になる事があるのです。

そして、礼儀を知る事です。
少しくらい優しくなくても、最低限の礼儀を知っていれば取り繕う事ができる場合があります。
それには最低限のマナーとは何かを知り、それを守る事。

あなたが心に思う人があるならば、どんなに隠れた所でもその人が見ていると思って意識して欲しいです。
復縁を迫られている人の中には、あなたの行動をチェックしている人もいるのです。
バレなきゃ何をしても良い、と言う考えは排除するべきです。

強く賢く、礼儀を知りマナーを守る。優しい人の必須条件です。
だからお坊さんのお話を聞いたり、お寺で座禅を組んだりする事は効果的なのではないかなと思うのです。

一度、近くのお寺の参禅会にでも参加してみる事をお勧めします。