しばらく、ご無沙汰していました。
本業で地方出張などがあり、頑張っていました。(^-^;ゞ
のろけ半分ですが、忙しいながら旦那への解りやすい愛情を注ぐ事も忘れません。(^-^;ゞ
でもこれは、単なるのろけではありません。
夫婦であっても復縁を望むような別れをしない為に常に努力が必要なのです。
二人の仲が良好と信じて努力を怠る事が一番ダメな事。
常に旦那の事は考えているし、私なりの愛情の注ぎ方と言うのがあるけれど、それだけでは過不足。
それプラス、旦那が納得する旦那にとって解りやすい愛情も常に注いでおかなくてはなりません。私にとっては実はこれはすごくめんどくさい作業だったりします。(^-^;ゞ
でも、なんだかんだで二回も離婚の危機を迎えて復縁できたのは、この日頃の努力がどのくらいあるかにかかっている気がします。
別れてからいくら努力しても復縁の為にできる努力と言うのは本当に少ないのです。
私が旦那に愛情を注ぐのは結局私自身の為。
私も現在仕事を持っていますが、旦那のおかげで金銭的に余裕があると言えると思います。
やはり、できたらこの生活を手放したくありません。計算も働きます。
旦那にはいくつか嫌な所があります。そんな時の旦那、引っ掻いてやりたいくらい大っ嫌いです。想像の中で何度もドラゴンボールのカメハメ波を打ちました。
(前の旦那に後ろから寸止めキックと寸止めパンチを放った時、ガラスの映り込みでバレて以来、全て想像の中で処理しています。)
明らかに旦那が間違ってる事もあります。それでも私は言い返しません。
でもそれは、大人しく従順にしおらしく反省している訳ではないのです。
反論して言い争いになって、更に激しく旦那を憎む事になるのが嫌だからです。
反論しないで黙り込むのは100%自分の為なのです。
それには相手の嫌な部分を丸ごと受け入れて無視する能力がなければできません。
自分を不幸にする人は、別れる気もないのに「私はこんな人と一緒に居ていいのだろうか?」「この人に考え方を変えてもらわないと…」などと思います。
そして自分の納得できる方向に物事を運ぼうとする衝動を抑えられません。
それは相手の良い所だけが好きで、嫌な所を絶対受け入れたくないと言う事に繋がります。
「お互い、ストレスのない良い関係に持っていきたい」などと考えています。
しかし、この世の中、何にしてもストレスを受けたくないと言うのは通りません。
トイレに行くのが嫌だから水を飲まない、と言うようなもの。
自分のストレスは自分自身で解消するべき。
そしてストレスは相手にぶつけるものではないのです。
ストレスは、トイレで用を足すようにひそかに自分で処理するものであるべきなのではと考えます。
復縁の場合もそうです。
自分に歯向かってくる相手に対して、その時は悲しくてもすぐに「まあ、いっかー」と思える人は、本当にその人が好きなんだと思います。
雲行きが怪しくなった相手に死ぬ程悩んで相手を説得しようとしたり、なんとか詫びを入れようとか、そうしないと自分の気持ちがおさまらない、行動を起こす衝動を抑えられないと言う人は、結局相手の事なんかどうでもいいのです。
自分の思う形で相手を思っていたい。相手の嫌な所をなくしたい。
相手を拒否しているのに「この人が好きだ」と言う自分の心に執着心があるのです。
どうせ、人間はどう転んでも自分の事を一番に考えます。
それなら、自分だけじゃなくて相手にも毒を与えないようにすれば良いんじゃないでしょうか?
自分の事だけを考えると相手を嫌な目に遭わせるだけですが、相手の事を考えて行動すれば、結局回り回って後から自分にもっといい結果が付いてくるのです。
そこを「相手ばっかり得して自分は損をしてるのでは?」「自分ばっかり我慢している」と考え出したら、そこで復縁活動はやめるべきなのです。
「まあ、いっかー」と考えられない時は、恋愛にしろ結婚にしろ復縁活動にしろ、終盤を迎えていると考えて下さい。
本業で地方出張などがあり、頑張っていました。(^-^;ゞ
のろけ半分ですが、忙しいながら旦那への解りやすい愛情を注ぐ事も忘れません。(^-^;ゞ
でもこれは、単なるのろけではありません。
夫婦であっても復縁を望むような別れをしない為に常に努力が必要なのです。
二人の仲が良好と信じて努力を怠る事が一番ダメな事。
常に旦那の事は考えているし、私なりの愛情の注ぎ方と言うのがあるけれど、それだけでは過不足。
それプラス、旦那が納得する旦那にとって解りやすい愛情も常に注いでおかなくてはなりません。私にとっては実はこれはすごくめんどくさい作業だったりします。(^-^;ゞ
でも、なんだかんだで二回も離婚の危機を迎えて復縁できたのは、この日頃の努力がどのくらいあるかにかかっている気がします。
別れてからいくら努力しても復縁の為にできる努力と言うのは本当に少ないのです。
私が旦那に愛情を注ぐのは結局私自身の為。
私も現在仕事を持っていますが、旦那のおかげで金銭的に余裕があると言えると思います。
やはり、できたらこの生活を手放したくありません。計算も働きます。
旦那にはいくつか嫌な所があります。そんな時の旦那、引っ掻いてやりたいくらい大っ嫌いです。想像の中で何度もドラゴンボールのカメハメ波を打ちました。
(前の旦那に後ろから寸止めキックと寸止めパンチを放った時、ガラスの映り込みでバレて以来、全て想像の中で処理しています。)
明らかに旦那が間違ってる事もあります。それでも私は言い返しません。
でもそれは、大人しく従順にしおらしく反省している訳ではないのです。
反論して言い争いになって、更に激しく旦那を憎む事になるのが嫌だからです。
反論しないで黙り込むのは100%自分の為なのです。
それには相手の嫌な部分を丸ごと受け入れて無視する能力がなければできません。
自分を不幸にする人は、別れる気もないのに「私はこんな人と一緒に居ていいのだろうか?」「この人に考え方を変えてもらわないと…」などと思います。
そして自分の納得できる方向に物事を運ぼうとする衝動を抑えられません。
それは相手の良い所だけが好きで、嫌な所を絶対受け入れたくないと言う事に繋がります。
「お互い、ストレスのない良い関係に持っていきたい」などと考えています。
しかし、この世の中、何にしてもストレスを受けたくないと言うのは通りません。
トイレに行くのが嫌だから水を飲まない、と言うようなもの。
自分のストレスは自分自身で解消するべき。
そしてストレスは相手にぶつけるものではないのです。
ストレスは、トイレで用を足すようにひそかに自分で処理するものであるべきなのではと考えます。
復縁の場合もそうです。
自分に歯向かってくる相手に対して、その時は悲しくてもすぐに「まあ、いっかー」と思える人は、本当にその人が好きなんだと思います。
雲行きが怪しくなった相手に死ぬ程悩んで相手を説得しようとしたり、なんとか詫びを入れようとか、そうしないと自分の気持ちがおさまらない、行動を起こす衝動を抑えられないと言う人は、結局相手の事なんかどうでもいいのです。
自分の思う形で相手を思っていたい。相手の嫌な所をなくしたい。
相手を拒否しているのに「この人が好きだ」と言う自分の心に執着心があるのです。
どうせ、人間はどう転んでも自分の事を一番に考えます。
それなら、自分だけじゃなくて相手にも毒を与えないようにすれば良いんじゃないでしょうか?
自分の事だけを考えると相手を嫌な目に遭わせるだけですが、相手の事を考えて行動すれば、結局回り回って後から自分にもっといい結果が付いてくるのです。
そこを「相手ばっかり得して自分は損をしてるのでは?」「自分ばっかり我慢している」と考え出したら、そこで復縁活動はやめるべきなのです。
「まあ、いっかー」と考えられない時は、恋愛にしろ結婚にしろ復縁活動にしろ、終盤を迎えていると考えて下さい。