それは小学5年生の冬だった。
クラスでイジメに遭って、「死ね」と言われて、学校になど行きたくなくて本当に死にたかった。
死んじゃえば楽になれるんだって思ってた。
ずっとずっと家族に言えなかった心の傷があった。
ある朝、冷たい雨が降る。
私は学校に行きたくないと言って家から出なかった。
たぶん、反抗期でもあったせいなのかも。
母は私を無理やり家から出した。
「お母さんが一緒に行ってあげるから。」
と、私の腕を引っ張りながら学校に向かった。
だけど私は一瞬のスキをついて、母の掴む手を離した。
そして急いで走って家に戻った。
もちろん、母も走って追いかけてきた。
家の玄関先で傘を差してたのにビショ濡れだった母に初めて手を上げられた。
いじめられてることを言わない自分がいけないって分かってるのに、
初めてビンタされたことで、余計にどうしていいか分からず泣きまくった。
私たちの姿を見てた祖父が
「愛が言いたくなるまで様子を見よう。」と言った。
その日、母と話せなかった。
ジンジン痛む左の頬のせいか、目を合わせられなかった。
その日の夜、頬が痛むせいか眠れなくて
こっそり自分の部屋を抜け出して、祖父の部屋に行こうとした時。
リビングで父と祖父の前で泣いてる母を見た。
「愛に手をあげてしまった…。」と泣き崩れてた母。
頬の痛みなんかよりも、心が痛くなった。
母に、そんな想いをさせてしまった自分がイヤな子供に思えた。
でも、すぐには言えなかった。
それは、その当時私の兄が不良少年で、問題ばかり起こしていたから、自分のことで迷惑かけたくなかった。
登校拒否も許していた訳じゃないって知っていたけど、一ヶ月経って両親と祖父にイジメに遭ってたことを話した。
母は黙って私を抱き締めてくれたことを思い出す。
母にビンタされたのは、それが最初で最後だった。
時が経って、私も大人になって
あの頃のことを笑い話に出来るようになったのに、もうあなたは居ない。
あの時の頬の痛み、たまに思い出すんだよ。
でも、もう伝えられない。
親孝行なんて何も出来ないまま、冷たい4月の雨が降る夜にあなたは居なくなってしまった。
最後に交わした言葉が「ありがとう」だなんて悲しいよ。
私から言いたかったのに。
今日だけは泣かせてください。
あなたの娘に生まれてこれて幸せだったよ、と。
13日に注文した物が今日届きました。
予定では、19日だったのに。
私の新しい腕時計です。
前まで使っていたものが、だいぶくたびれてしまったので新調することにしました。
母の命日から動き出した腕時計。
太陽電池で動くエコな腕時計。
過去に戻るのではなく、未来に動き出す力をもらえそうです。
兄貴の会社の社長さん、毎年お花を頂きまして有難うございます<(_ _)>
母の大好きなピンクの花いっぱいで、母も喜んでると思います。
今日のエントリーを書き込みながらボロボロ泣いてしまいました。
まだ涙引っ込まないや。
でも今日だけは許してくれるよね?お母さん。
Aico