dyn(ダイン)が何の単位か知ってる人は、若い人にはいないと思う。これは長さをcm,質量をg,時間をs(秒)に取ったときの力の単位である。昔はdynを力の単位として使っていたようで、私が高校生の時、力の単位は現在のN(ニュートン)とdynの両方を習い、その変換の問題をやらされた。因みに

       1[N]=10^5[dyn]

である。化学では中和滴定の所で、規定度で計算させられた。今は全てモルで計算するので、今の生徒は規定度は習わないし楽である。

 次に力学的エネルギーには運動エネルギーや位置エネルギーがあるが、これらの記号はEやUが使われるが、昔は運動エネルギーはEk,位置エネルギーはEpが使われていた。この方が、同じエネルギーであることが分かり、良いと思う。

 内部エネルギーもUが使われその意味でも昔の使い方の方が合理的である。

 年間の放射線被曝線量は、宇宙から50[mrem],地中から50[mrem]で合計100[mrem]と習ったが、その後1[mSv]

と変更になった。100[rem](レム)=1[Sv](シーベルト)で

ある。被曝量が100では大きいので1にしたという説明を聞いたことがある。本当だろうか?

 これも若い人は知らないだろうが、高校の数学で計算尺の使い方があった。計算尺など見たこともないだろうが、

 上の写真に見るように目盛りの付いた定規をスライドして計算するものである。これは暫くして無くなった。

 これは、電卓が出てきたので、必要がなくなったのだろう。私が教師になった頃BASIC(ベーシック)でプログラムを組むことが流行り、高校の数学か物理かハッキリしないが、教科書にもプログラムの授業が入った。

 理科の備品でプログラムを組めるコンピューターが出てきたが、数十万円もしたのに、少し早くキーを叩いて入力するとエラーになり、まるで使い物にならなかった。今の百円で買える電卓の方がよっぽどましである。

 その後、文部省は中学の技術家庭にコンピュータの授業を入れようとして失敗し、これが高校の情報教育の導入となった。そのため情報の授業をする先生が必要となり、情報教育の免許の講座があちこちで開かれた。

 高校の数学で困ったのは行列である。高校の授業では扱わないのに大学ではいきなり授業に出てきて戸惑った。暫くしたら高校の授業でも扱うようになったと思ったら、しばくしてまた無くなった。扱ったり、扱わなかったり文部科学省はどう考えているのだろうか?扱い方さえ工夫すれば、高校生でも十分扱えるし、何より便利なので、取り入れるべきではないかと思う。

 昔無かったものに「箱ひげ図」がある。これもどうなるのだろうか?

 

 

モアイ像で有名なイースター島には”語る木片(コハウ・ロンゴロンゴ)”と言われる文字が伝わっている。言い伝えでは、イースター島の住民はヨーロッパ人がやって来るまで、文字を教える特別の学校を持っていて、そこには文字に通じた学者 "マオリ・ロンゴロンゴ" が古代文字の秘密を大勢の生徒に教えていた。文字は古代に書かれたもので、ペンとしてサメの歯が使われた。

 イースター島では、年に一回、ロンゴロンゴに通じている人たちの特別の"大会" が催されたいた。大会は暗くなるまで、続き、報告によると、イースター島のほとんどの家にも、象形文字で覆われた古代の木片が保存されていたということである。

 19世紀の後半に、ペルー人の奴隷商人の海賊的襲撃を受け、島の男たちのほとんどが捕らえられ、チンチャ島に送られて、肥料として用いられるグアノ(海鳥の糞)を採集するために働かされた。島民の間に天然痘が流行し、おおぜいの人が死んで、"ロンゴロンゴの人びと"もほとんどすっかりいなくなってしまった。

 その後、カソリックの宣教師がイースター島にやって来ると、これらの文字は異教であるという理由で、数多くの木片が焼き捨てられてしまった。

 古代エジプトやシュメール文化と同じ頃、存在したのがインダス川流域に存在したインダス文明である。その遺跡の一つがモヘンジョ・ダロである。モヘンジョ・ダロとは "死者の墓場" と言う意味である。

 モヘンジョ・ダロの遺跡からは、象形文字を刻んだ印章がたくさん発見された。印章に刻まれた象形文字の一部が次のようなものである。

 時代も地域もまるで関係ない、この二つの文字が何故か似ているのである。下に示すのがその比較である。

 これは、単なる偶然なのか、それとも何か関係があるのだろうか。ロンゴロンゴを解読できる人がいなくなった今、全ては謎のままである。

 

 それ以外にも謎の文字は沢山ある。例えば、"フェストスの円盤" と言われる物がある。

 これはクレタ島で発見された物で、円盤の両側には241個の記号が印章で押されたように刻まれている。記号の中には、小舟、おの、ワシ、毛皮、採石夫のシャベル、帽子、花瓶、家などを描いたものがある。

 

 謎の文字と言えるかハッキリしないが、有名なのが、ブォイニッチ手稿と言われる物で、1912年にイタリアで発見された古文書である。未解読の文字が記され、多数の奇妙な絵が描かれている。

 名称は発見者のポーランド系アメリカ人ウィルフリッド・ブォイニッチにちなむ。

 

 多くの人が解読に挑戦したが、今だ解読されていない。そもそも文字ではなく、誰かの文字の様に書いた疑似文字なのかもしれない。

 と言うわけで、世の中にはもう読めなくなってしまった謎の文字が沢山あります。興味を持って頂いたら、色々調べて挑戦してみてください。

 

 

 夏になると、かき氷が食べたくなる人もいると思うが、今のかき氷は千円台でとても、かき氷の値段とは思われない。と言うのも、私の子供の頃、昭和の時代、かき氷は近くの駄菓子屋さんに行って食べたものであるが、一番安いのは”せんじ” で昔のことではっきりした記憶がないが、百円前後だったと思う。

 次に高いのが ”イチゴ”と”レモン”で、”メロン”はもう少し高かったと思う。

 その後、各家庭に冷蔵庫が普及すると冷蔵庫で氷が作れるようになり、氷かき器が売り出され、家庭でかき氷が、食べられるようになった。氷かき器は手動と電動があったように思う。私が好きだったのは、かき氷にゆで小豆と練乳をかけたものである。練乳というのは牛乳を濃縮したもので、昔は缶に入っていた。

 そんな訳で、かき氷は高くても数百円という感覚があるので今のかき氷の値段が信じられない昔の人間である。