先日、付き添いで病院に行った。トイレの洗面所に手の乾燥機もあったが、使用禁止で代わりに紙が置いてあった。多分コロナ以降に感染予防で変わったのだと思うが、今必要なのだろうか?

 我々は紙を使い過ぎるのではないだろうか?子供の頃はトイレットペーパーなど無く、便所には「ちり紙」と決まっていた。「ちり紙」と言っても若い人は分からないかもしれないが新聞紙等の再生紙だろうと思うが、ゴワゴワのB5版位の質の悪い切った紙である。我々の親の代は「ちり紙」もないときは新聞紙を切たものをシワにして代用したとのことである。当時は古新聞と「ちり紙」を交換してくれるちり紙交換車が回っていたものである。

 

 今は何かとティッシュペーパーを多用するが、大学生の時にヨーロッパに行き、向こうの人は鼻をかむのにもハンカチを使っていたのに驚いたものである。不衛生だと思ったが、考えてみれば、合理的とも言える。

 

 ティッシュペーパーにしろトイレットペーパーにしろ元は木材である。その多くが熱帯のジャングルからやって来る。それらの木は恐らく数百年は経っているだろう。それらの木は多くの生き物に住処や食料を与え、地球に酸素を供給してくれている。人間は効率と金儲けのために何も考えずにこれらの木の伐採を繰り返す。

 

 世界の森林面積は1990~2025年で約4.9億ヘクタール減少

した。これは日本の国土の約13倍に当たる面積である。

 毎年失われる天然林は約10万平方キロメートルで東京都と同じ規模の森が1週間ごとに消失している。

JAXA サテナビ

 特に減少が著しいのがアマゾンで、1996~2020年の間に広範囲で伐採が進行し、衛星画像でフィッシュボーン(魚の骨)状の伐採パターンが確認されている。

 アマゾンのジャングルは地球の肺と言われる位大事なものである。それが今、急速に失われている。

 

 新聞紙は仕方が無いとしても、雑誌や広告などは一度読んでゴミになる。紙を燃やせば、二酸化炭素が出て地球の温暖化に繋がる。北極や南極の氷や高山の氷河などが今、急速に失われつつある。地球の未来は灼熱地獄ではないかとの予測もある。昔のようにハンカチを持参し、できるだけ紙を使わないようにしてみるのはどうだろうか。

 

  

 チャクラとは、東洋医学で言う「気の通り道」のこと。

背骨に「スシュムナー」という体内を流れる代表的なエネルギーの経路があり、この気の通り道にある、7つのエネルギーポイントがチャクラであり、それを示したのが下の図である。(さらに多くの小さいチャクラがある)

「チャクラ」とはサンスクリット語で「光の輪」という意味である。この本は生命エネルギーの紹介に始まり、7つのチャクラについて各章で解説があり、それぞれのチャクラをどのように活性化し、鎮め、バランスを取るか、ヨガのポーズも取り入れながら、全身を通過するエネルギーの流れをいかに促進させるかなど、正にチャクラを理解するうえでの決定版といえる本だと思う。

 中学生の頃、世界は物質と精神と霊魂から成る。と授業で聞いた。この三つのバランスが大事だという話だったと記憶している。

 しかし、現在は物質が全てで、精神論は流行らないし、ましてや霊魂に至っては信じる人もいないのでは無いかと言う状況である。

 

 

原始のモデル

 まず物質であるが物質の研究が進み、物質は全て原子より構成されていることが分かった。その原子は陽子や中性子・電子などから成り。原子核を構成している陽子・中性子はクオークという、更に小さな粒子より成ることが分かってきた。ただし、このクオークは単独で取り出すことができないし、種類が多くなり、クオークを作っている物質?として「超ひも(スーパーストリング)」が考えられている。このひもの振動が物質になったり、重力になったりするという考えである。

 

 このように物質についての研究はかなり進んだが、クオークは取り出して見ることができないし、超弦理論は、まだ理論の一つであり、実証はされていない。

 

 私は戦後の生まれで、戦争は知らないが、戦時中は精神論も盛んだったのではと思う。若い頃には「根性が足りない」とか、「根性で頑張れ」とか言う言葉をよく聞いたものである。体罰などあってはならないが、小学生の時、体育の先生が軍隊の経験者だったのか、やたら厳しくて泣かされたものである。また、教師になってからも年配の先生の中には生徒に体罰を加える先生もいて、生徒も叱られても当然と思っていたのか、それ程、問題にもならなかった。

 

 最後は精神であるが、「精神」とは思考や感情、意識、気力など人間の心的な働きや根本的なあり方を示す言葉。とネット上では説明されているが、フロイトにより研究され意識には顕在意識と潜在意識があることが分かってきた。

 

 言い換えれば、私は私と思っているが、その私は「ワニ」と「馬」と「人」から成り、「人」は頭脳の表面にある新皮質と呼ばれる部分で、「ワニ」と「馬」は脳の中心部にある古皮質と旧皮質と呼ばれる部分である。そして、顕在意識(新皮質)で何かを決めても、潜在意識が反対すれば実行できないのである。俗に、「分かっちゃいるけど辞められない」ということである。

 フロイトは後催眠という手法でそれを実証した。私たちは自分の行動を自分で決めていると思っているが、実は潜在意識が決めたことに、顕在意識が納得できるような理由付けをしていることがあるのである。

 私たちが寝ている間も心臓が動き呼吸をしている。これは潜在意識の働きである。自分で意識して心臓の鼓動を速くしたり遅くしたりすることはできない。しかし、呼吸は意識して速くしたり遅くしたりすることができる。そして、呼吸をコントロールすることにより、潜在意識に働きかけることができる。これが瞑想であり、禅である。現代的に言えばマインドコントロールである。

 

 最後は霊(魂)であるが、日本人は昔から全てのものに魂が宿ると考えていたので、私はそれ程奇異には感じないが、特に若い人は霊(魂)を信じる人は少ないように思われる。霊とは違うが聖人の後光とか、オーラといったものを考えてみたい。人には7層のオーラがあるといわれる。私はオーラを見ることができないので断定はできないが、見える人には見えるようである。次の写真はキルリアン写真と言われるもので、人の周囲の光を撮影したものである。

 特殊な感覚や才能のある人が時折おり、昔インドにラマヌジャンという数学の天才がいた。彼は数に色が付いて見えたそうである。そして、ある日突然、π≒√√(2143/22) (分数の値の平方根を2回とると約円周率になる)を思いついたそうである。私たちは光以外の周波数の電磁波、紫外線や赤外線・電波を見ることができないが、それらは存在するのである。

 私の好きな詩人の金子みすゞは

       青いお空のそこふかく、

       海の小石のそのように、

       夜がくるまでしずんでる、

       昼のお星はめにみえめ。

         見えぬけれどもあるんだよ、

         見えぬものでもあるんだよ。

と「星とたんぽぽ」で言っている。

 

 私は長い間、高校で物理を教えたが、物理の最後は素粒子の話が出ていた。宇宙を構成している物質は最終的に素粒子と言われる微粒子になるが、実は、我々が知っている全ての物質は宇宙の約5%程でしかなく、残りの約95%は未知の何かである。

 

 未知の何かの、約25%はダークマターと言われる物質で、これがないと銀河等が形成されず、今の宇宙にはならなかったと考えられている。残りの約70%はダークエネルギーと言われる何かである。言い換えれば、我々の周囲には約95%もの分からない何かがあり、それは測定することも感知することもできないのである。

      「みえぬけれどあるんだよ」

 人は、多くのことを知るようになったと思っているが、我々の知っていることは極々限られたもののようである。

 霊(魂)についての探求はこれからと言うことかもしれない。