調停を申し立てたばかりで、まだ何も始まっていないのに、胸の奥がずっと重い。
夫とまた一緒に暮らし始めてからの時間は、
どこを切り取っても、息苦しかった。
朝ごはんを用意しても、彼は手をつけずに出ていった。
「行ってきます」のひとこともなく、
ドアが閉まる音だけが、やけに耳に残った。
帰宅は深夜。
会話らしい会話はなかった。
何か言おうとすると、
彼の顔がすっと固まるのが分かって、
私もそれ以上言葉を出せなかった。
休みの日も、ずっと外に出ていた。
娘と過ごすこともなく、
「出かけてくる」のひとことで、また部屋に静けさが戻った。
そうやって毎日が、少しずつ、何かを削っていった。
何かが「なくなる」というより、
私自身が「薄くなっていく」ような感覚。
離婚しないと決めたのに…
もう一緒に生活するのは限界だと思った。
だけど、行く場所なんてなかった。
母とは折り合いが悪く、そもそも実家にはいない。
父だけが、あの家にひとりで暮らしていた。
連絡するのに、何度も躊躇した。
でも、他にどうしようもなかった。
「少しの間、帰っていい?」
電話越しの父の声は、相変わらずぶっきらぼうだった。
「ああ、別にいいよ。部屋は空いてる」
それだけ。
あたたかい言葉も、ねぎらいもなかったけど、
それで十分だった。
最低限のやりとりを終えて、
娘に上着を着せ、小さな荷物をまとめた。
何も知らずに笑うその横顔が、
やけにまぶしくて、少し泣きそうになった。
夫が仕事で不在の日を選んだ。
彼がいない時間帯を見計らって、
玄関の扉を、できるだけ音を立てずに閉めた。
あの家から出るとき、
何かを置いてきたような気もしたし、
何ひとつ残っていないような気もした。
無言の引越し。
たぶん、何かを話し合う余地は、もう残っていなかった。
鍵をポケットにしまって、
娘の手を引いたとき、
ようやく少し、呼吸ができた気がした