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誰かの言葉に、静かに耳をかたむける。
ただ聴く、ただそこにいる。
気持ちがゆるむきっかけになれたら、
それだけでうれしい。
ここに綴るのは、日々のなかで出会った、
やさしい気配のようなストーリーたち。
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お祝いの席は、ほんとうに和やかだった。
再婚した友達の、あんなにうれしそうな顔を久しぶりに見た。
「どこで知り合ったの?」
「新婚1ヶ月…どう?毎日楽しい?」
まわりの声に、照れくさそうに笑って答える彼女。
にぎやかな空気が、テーブルの上をふわふわと漂っていた。
食事が終わってそろそろお開きかなという頃。
彼女が私の肩をそっとたたいて言った。
「ちょっと、話せる?」
少し迷いを含んだ声。だけど、まっすぐな目だった。
「いいよ」
「じゃあ、どこかお茶でもしようか」
喫茶店の静かな席に落ち着いてから、彼女は話し始めた。
「この前ね、お義母さんがうちに来たの」
「これまで外食かお義母さんの家での食事ばかりだったけど、今回は、初めて自宅で手料理をふるまうことになったの。」
「夫にお義母さんの好き嫌いをいろいろ聞いて、
量はたくさん食べられないみたいだから、少しずついろんなものを食べれるような和食の献立を考えたの。」
鰆の西京焼き
鶏団子と茄子の煮物
海老しんじょのあんかけ
なばなのおひたし
かぼちゃの煮物
豆腐サラダ
そら豆ご飯
ワカメとなめこのお味噌汁
「すごいね、気合い入れたんだ」
思わず笑うと、彼女も少し照れたように笑った。
「そしたらね、どれも“美味しい”って言いながら食べてくれてたの。
だけど、かぼちゃの煮物だけは手をつけてくれなかったんだ。」
その様子を、彼女はぽつりぽつりと語った。
何も言わず、ただ黙って。
かぼちゃの器を夫のほうへすっと寄せて——
「“これ、あなたにあげるわ”って。
私には何も言わずに、ね」
「かぼちゃ、好きだって聞いてたのにな」
そうつぶやく彼女の声が少しだけ沈んだ。
その後も、お義母さんはとくに何を言うでもなく帰っていったらしい。
「夫に嫌いだったのかな?って聞いたら、
“かぼちゃの煮物は好きなはずだよ“
って言われて」
「だったら、なんで……って思っちゃって
夫にそれを言ったら
“気にしなくていいんじゃない。お腹いっぱいだったからだよ“って。」
「だったらそれを私に言ってくれてもいいんじゃない?何も言わずに帰るなんて…」
私はうなずくだけで、何て言っていいのか迷っていた。
もしかしたら、
お義母さんには、別の理由があったのかもしれない。
でも——嫌いなものは事前に聞いて、避けたはずだった。
それでも何も言わずによけられた、その小さな出来事が、彼女の中でひっかかっている。
まるで、差し出した気持ちごと押し返されたようで——
「どう思う?」と彼女は聞いた。
「この先、お義母さんと、うまくやっていけるかな……」
帰り道。
街の灯りが、まだ少し明るかった。
大丈夫だよ…って軽く言えるほど、
今の彼女にとっては単純なことじゃないのだ。
でも、きっと、大丈夫。
「お義母さんが手をつけなかった、
あのかぼちゃの煮物には、
きっと、何か理由があったんだと思う。
あなたに意地悪したくて、そうしたんじゃない。
そうわかる日がきっとくると思う。
だってあれは、お義母さんの大切な息子と、
これから一緒に生きていこうとするあなたが、
まっすぐな気持ちで作った料理だから。」
私の言葉を聞いた彼女は、少しだけ目を伏せた。
そして、ゆっくり顔を上げて——
「そっか」って、小さく笑った。
その笑顔はまだ少し揺れていたけど、
どこか、ほっとしたようにも見えた。
帰り際、
「話せてよかった」って言ってくれたその声が、
少しだけ軽やかになっていた気がした。