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誰かの言葉に、静かに耳をかたむける。
ただ聴く、ただそこにいる。
気持ちがゆるむきっかけになれたら、
それだけでうれしい。
ここに綴るのは、日々のなかで出会った、
やさしい気配のようなストーリーたち。
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昼休みのオフィスは、ざわざわとした雑音の中に、それぞれの空間がある。
隣の席の彼女が、サンドイッチの袋を手にしながら言った。
「もったいないって言われました」
「何が?」
と聞くと、「学歴です」と返ってきた。
彼女は20代半ば。
「せっかく大学出たのに、なんで派遣してるの?
正社員にならなきゃもったいない…って
…もったいないらしいです、私の人生」
彼女は明るく言ったけど、その言葉の奥に、ちいさなため息がにじんでいた。
「夜、語学学校に通ってるんです。週2回だけなんですけど」
少し恥ずかしそうに笑いながらも、どこか誇らしげだった。
「海外の旅行会社で働きたくて。現地スタッフって、語学はもちろん、トラブルにも強くなきゃいけないし、臨機応変さも大事なんです。
現地のお客さんの対応とか、細かいニュアンスもちゃんと自分の言葉で説明できるようになりたいんです。だから今、もう一度英語とスペイン語の勉強をしていて。
でも、正社員で働くと夜の授業に間に合わないことがあって」
と話して…少し口ごもる。
「一度、正社員として働いていたんですが、両立は本当に難しくて。
残業も多かったし、帰宅してからは頭も体もぐったりで、結局勉強に集中できないまま、時間だけが過ぎちゃって。」
そこまで話して、手に持っていたサンドイッチを口にした。
「だから、時間の調整がしやすいし、ちゃんと勉強の時間も確保できるから、派遣の仕事に決めたんですけどね。」
その声には、ちゃんと自分で決めたんだっていう手ごたえがにじんでいた。
流されてここにいるんじゃない。夢の方向に歩くための、一歩としての“今”。
「だから“もったいない”って言われると、ちょっとムッとするんですよね。
これ、私にとっては一番ちゃんとした選択なんで」
外から見える“肩書き”だけで、人生の価値を測られてしまうときがある。
でも、本当はそれよりずっと深いところに、大事にしてる想いがあるのに。
わたしは飲みかけのコーヒーを手にしながら、ただ「そうだね」とだけ返した。
なんだかそれ以上の言葉は、うまく見つからなかった。
サンドイッチをひと口かじった彼女は、それっきり何も言わなかったけど。
わたしには、あのひと言がずっと残っていた。
15年以上昔の話。
彼女はどうしているのだろう。
きっと…どこかの国で働いているだろう。
自分を信じて未来を目指すことができる人だから。
#もったいないって言わないで
#自分を信じて