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誰かの言葉に、静かに耳をかたむける。

ただ聴く、ただそこにいる。

気持ちがゆるむきっかけになれたら、それだけでうれしい。

ここに綴るのは、日々のなかで出会った、

やさしい気配のようなストーリーたち。

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今年も、山白川の桜が満開を迎えた。やわらかな春の陽射しと、風に舞う花びらが、まるで去年の記憶をそっと包み込むようだった。



私はいつものように、お気に入りのベンチへ向かい、お弁当をひろげる。あの人に、また会える気がしていた。

すると──

「こんにちは。お久しぶりですね」

その声に振り向くと、去年出会ったあの女性が、微笑んで立っていた。変わらず凛としていて、それでいてどこか、去年よりもずっと柔らかい雰囲気をまとっていた。

「やっぱり、いらっしゃると思ってました」

そう言って笑い合う。まるで旧友と再会したような、不思議な安心感。

ふと、彼女の横に立つ男性に気づいた。グレーの帽子をかぶり、優しげな瞳でこちらを見ている。

「ご紹介させてくださいね。この方は、桜の道で出会ったの。朝の散歩で何度かすれ違っているうちに、お話するようになって…気づけば、一緒に歩くのが日課になっていて。」

彼は少し照れたように頭をかきながら、「彼女が、この道を案内してくれたおかげで、桜の魅力に気づけたんですよ」と言った。

彼女が小さく笑って続ける。

「引っ越して一人暮らしを始めたけれど、毎日この桜の道を歩いているうちに、少しずつ心がほどけていったの。寂しさもあったけど、それだけじゃなかったみたい。人って、また誰かと笑い合えるんだなって、思えたのよ」

ベンチに腰かけて、今日は彼女の特製のお弁当を広げていた。卵焼きをほおばりながら、彼女は嬉しそうに家族の話をした。娘さんの結婚式で読んでくれた手紙のこと、お孫さんが産まれたこと。

「実はこの方も料理が得意でね。来年は、二人でお弁当を作ってくる予定なのよ。」

「僕は煮物担当でね。彼女が卵焼き。娘さんも食べたいって言ってくれて。」

「孫も1歳になるし、外でお弁当が食べられるかなぁって。みんなで来られたらいいねって話してたところなの。」

そう言うと、二人は顔を見合わせて楽しそうに笑った。

それからまた…彼女が話してくれた。
今の生活や孫の好きな絵本のこと。
ゆっくり、丁寧に話してくれるその時間が、私はたまらなく好きだ。

去年は、胸の奥にしまっていた「寂しさ」や「別れ」を静かに語ってくれた彼女が、今年は優しい彼と並んで、未来のことを話している。桜の下で、笑いながら。

その姿を見ていたら、私まで胸がいっぱいになってしまった。

こんなふうに、人と人がまた出会い、つながっていく瞬間を、私はこの場所で見られたのだと思う。

帰り際、彼女がそっと私の手を握って言った。

「また来年も、ここで。もっとにぎやかになるかもしれないけれど、それでも…また会えたら嬉しいわ」

私は静かに頷いた。

今年の桜も、きっとあの人の笑顔を見て喜んでいたはずだ。

来年もまた、この場所で。
桜の約束は、あたたかく、にぎやかに続いていく。

そして私は、それが今からもう楽しみでしかたない。