私と赤ちゃんの大事な記録として残したいと思います
2023年10月7日に妊娠検査薬で陽性確認し
夫と信じられない気持ちで喜び合いました
それからも病院に行くまでに2.3回検査薬で確認しました
そして、やっと病院で胎嚢の確認をし
次回検査で心拍の確認ができるまで毎日ドキドキして
過ごしたことを思い出します
2週間くらい経ってから、ものすごい体調の変化に
ついていけず、脱水症状になり救急車で搬送され入院しました
まだ妊娠7週くらいでしたが水も全く飲めない状態でした
私は里帰り出産を希望していることもあり
先生の勧めで、つわりのピークを迎える前に里帰りしたがいい
との事でした。その為、短期で退院し夫と飛行機で帰省しました
そこから1ヶ月ほど実家で寝たっきりの生活で
妊婦検診に行くのもやっとの思いでした
11月後半から悪阻が悪化し、地元の病院でさらに
1ヶ月ほど入院生活でした
水を飲んでも吐き戻しをしてしまい毎日点滴の生活でした
食事も取れていないため血管も細くなり点滴が漏れやすく
1日に点滴を何度もやり直ししました
本当に入院生活がキツく、クリスマスも病院でした
入院先がカトリックの病院だったこともあり
神父様と近くのカトリック幼稚園の園児とナースも皆様が
ローソクを灯しながら病室を回ってくださりました
神父様のお祈りを受け、その時歌って頂いた讃美歌がとても
心に響き、感謝の気持ちで涙が溢れ出ました
その頃の入院生活は本当にキツくて
毎日絶望的でマイナスな気持ちで過ごしていたため
そのクリスマスがとても心の支えになりました
そして大晦日の前日に退院することが出来、
母と一緒に丑の日のお参りに行きました
お正月明けから仕事に復帰しました
退院後も悪阻はなかなか良くならず嘔吐の毎日で
本当がやっとの思いで過ごしていました
そして2月14日なんだか胎動が感じれないような気がして
15日に仕事を途中で切り上げて病院に行きました
看護師さんに呼ばれるまでドキドキして
でも心のどこかでは大丈夫だよと言い聞かせてました
看護師さんに呼ばれて個室で簡易的に心拍の確認をした際に
なかなか赤ちゃんの心拍を拾えず
でも入院していた時も看護師さんによっては心拍を
拾えないこともあったので、不安と複雑な気持ちで
担当医に呼ばれる順番を待ちました
入院している時からお世話になっていた先生に
呼ばれて、エコーで確認してもらいました
いつもならすぐに赤ちゃん元気ですねって言われるのに
その時だけ先生が、あれ?ってなってて沈黙が続いて
私は頭が混乱して
次に先生から「赤ちゃんの心臓が止まっていますね」って、、、
一瞬何を言ってるのか、夢なのか現実なのか
訳わかんなくなって
診察室で頭が真っ白になって
何度も先生に「どういう事ですか?」
「赤ちゃんどうなったんですか?」「え?」
「この後どうなるのでしょうか?」
「また赤ちゃんの心臓動き出しますよね?」
もう何を言ったのかもわかりません
そこから看護師さんに別室に連れて行かれました
私は全身の力が入らず、自分で歩けたのかも分かりません
そこから別の看護師さんから今後の流れについて
淡々と説明を受けました
私はその時すでに23週だった為
通常の出産を行い赤ちゃんを出してあげる事
そして役所に死亡届を出して
お葬式をして火葬してあげること
そして8週間の産休を取ること、、、など
何を言われているのか頭と心がついて行けませんでした
このまま入院する流れだったのですが
このままここにいたら私自身おかしくなってしまいそうで
その日は実家に帰ることにしました
永遠に自分と後悔の自問自答が始まりました
夫が関東から急遽、飛行機で来てくれて
ずっと謝ることしかできませんでした
そして翌日の16日お昼2時頃から入院手続きを済ませ
その日の夜から子宮口を開く為の処置が始まりました
悪阻で入院していたフロアに入院をしました
その為、お世話になった看護師さんばかりで
一緒に泣いてくださりました
処置室で流れていた曲が
アラジンのオルゴールで
心が締め付けられ、痛みより心の痛み苦しさ、
胸が一杯で涙が止まりませんでした
あんなに7ヶ月近く毎日悪阻と戦って来たのに
今度は赤ちゃんを体外に出してあげなきゃいけないなんて
自分のやるせない気持ちで心がズタズタでした