小学3~4年生の頃に
仲のいい友達がいた。
クリクリとした二重まぶたの瞳
鼻尖が可愛らしくツンとしていて
額が丸みを帯びて広く、
誰が見ても可愛らしい顔立ちをした子だった。
やや細見で小麦色の健康的な肌が魅力的な女の子。
家もそこそこ近かったので
下校後は毎日彼女の家か私の家で遊び合う仲に。
彼女は今思えば
最も精神的に近しい関係であった友だったと思う。
彼女の家は父子家庭でお母様はいなかった。
私は特にそれを不憫に思うことなく彼女と遊んでいた。
それは、彼女がいつも向日葵のように明るい笑顔を見せてくれていたからだった。
ある日
その子が私に真顔で
「ねぇ、ふゆちゃん。家族とか大事な人とかが、人を殺したりなんかして罪を犯したら、それでもふゆちゃんはその人を愛し続ける?」
私たちは 小学3~4年でこんな話をしていたのです。
間髪入れずにすぐ応えました。
「愛し続けるよ。だって大事な人でしょ?私が大事だと思う人なら、ちゃんと理由があって罪を犯したはずだから。私ならその罪を償っていくのを支えるよ」
彼女が言いました。
「そうか~」
いつもこういう哲学的な話をして
日が暮れて行ったのを思い出します。
私にとって彼女はとても大事な存在でした。
そんなある日
彼女の「母親」と名乗る人が彼女の家に来ました。
いつもと変わらず楽しく遊んでいる最中だったので
私も戸惑い、思わず言葉を飲み、その子と母親との会話を聞いていました。
; Kちゃん、ママ、大阪に引っ越すことになったんよ。Kちゃん、お父さんとお母さんとどっちについてくる?
なんかまずいな・・・
私帰ったほうがいいのかな・・・
と幼心に思うのですが、帰るタイミングを完全に失った私はその場に居続けることに。
; え・・・・・・ ん~・・・・・ お母さん。
どんな理由があって離婚したのかなんて知らない。
でもKちゃんはお母さんと大阪に引っ越す道を選んだ。
Kちゃんが決めたことならそれでよかった。
話は急展開で、
Kちゃんはあっという間に小学校を転校していった。
私とちゃんと話す時間すら持てずに。
少しの間、私はKちゃんの母親を憎んだ。
大事な友達だと思っていたのに「さよなら」さえ言えずに急に離れ離れになってしまった。
Kちゃんのお兄ちゃんはパパについて生活することになった。
一家離散だ・・・。
家族とは何と脆いものなんだろうと泣いた。
転校が決まったという話をKちゃんから聞いた日、
私は何も言えずに泣きながら走って下校した。
あれから30年。
折に触れて思い出していたKちゃん。
でも私は地元を離れていない。
Kちゃんさえその気になれば、私は探し出せるようにしてある。
(Facebook ・ スカイプ ・ 実家の電話番号はあの時のまま)
それでも何の音さたもなかったので
Kちゃんはとっくに私のことなど忘れて新しい人生を歩み始めているのだと思っていた。
数日前。
登録したまま放置してあるFacebookにメッセージが届いていた。
ふゆちゃん ○○(旧姓)です。覚えていますか?
ずっと探してました。
○○小学校4年生のとき 急に転校になってちゃんと話も出来ないまま離れ離れになって
ごめんね。
ずっと心にふゆちゃんがいました。
太陽のような笑顔のふゆちゃんのことを時々思い出して頑張っています。
私は今結婚して家族で大阪に住んでいます。
あの時のまま止まった時間を少しずつあたためていきませんか^^
急な連絡でごめんなさい。
また、人違いでしたらごめんなさい。
30年越し。
この日は涙が止まらなかった。