第拾六話 窓辺の女 | 短編ホラー小説 愛猫堂百物語

第拾六話 窓辺の女

 
遼介は背中に汗が流れるのを感じた。
それはとても暑い、真夏の夜の事だった。
遼介はバイトを終え、缶ビールを片手に家路を歩いていた。
Tシャツが汗ばんで、気持ち悪い。
溜め息を漏らした遼介は、ふと近くのアパートの灯りを見上げた。
二階の部屋の一つ、半分開けた窓で、カーテンが揺れている。
そのカーテンの陰に、女性が立っていた。
灯りを背にしているので、表情までは窺えなかったが、色の白い女性である事はわかる。
缶ビールを飲んで、少しほろ酔い気分だった遼介は、彼女に手を振ってみた。
すると、彼女がお辞儀をした様に見えた。
 
(おっ…!)
 
調子づいた遼介は、彼女に声を掛けてみる。
 
「ねぇ、一緒に飲まない?」
 
缶ビールを上げて、彼女に見せる。
彼女は少し、うなづいた様に見えた。
 
「本当?ちょっと待ってて」
 
遼介は缶ビールを買う為、コンビニへと急いだ。
 
 
缶ビールと肴を買った遼介は、アパートの前に着いた。
見上げると、彼女はまだ窓辺にいる。
コンビニ袋を上げ、遼介は彼女に言った。
 
「部屋に行っていい?」
 
彼女は無言のまま、うなづいた様に見えた。
 
(やった。ラッキー!)
 
遼介はアパートの階段を上がり、彼女の部屋の前に着いた。
ひとつ深呼吸をして、チャイムを鳴らす。
 
(あれ…?)
 
しかし、応答は無かった。
ドアノブに手を伸ばすと、鍵が掛かっていなかったので、そのまま開けてみる。
 
「こんばんは…」
 
玄関に身体を滑り込ませながら、遼介は声を掛けてみた。
やはり、応答が無いので、遼介は玄関で靴を脱ぎ、家に上がった。
 
「えーと…お邪魔します」
 
声を掛けながら、遼介は彼女がいる部屋に入り込む。
彼女はまだ、窓辺にいた。
 
「勝手に上がっちゃってゴメン…返事が無かったからさぁ」
 
そう言って遼介は、彼女の肩に手を掛けた。
 
(うっ…冷たい…)
 
遼介は肩に置いた手を、引っ込める。
その時、部屋にスッと、風が入り込んだ。
 
ギッ…ギッ…ギッ…
 
何かが軋む音と共に、彼女が振り向いた。
 
 
口から舌が飛び出し、目は飛び出さんばかりに開かれた彼女の首には、天井から吊り下げられたロープが巻かれていた。
 
ギッ…ギッ…ギッ…
 
風で彼女の死体は、まるでお辞儀している様に揺れ始めた。