1978年、旅客船入出港数、第8位は、瀬戸内海のほぼ中央に位置する尾道港です。1日、110便(入出港数は220回)です。
上の写真は、常石行きの‘フェリーびんご’です。尾道港は、昔から、四国今治港との航路が代表的で、鉄道連絡船、水中翼船の瀬戸田、大三島経由航路と、フェリー、高速船の因島、弓削島、岩城島、伯方島、大島経由航路があり、愛媛(今治)と広島(尾道)の鉄道連絡の大動脈でした。残念なのは、当時の写真がありません。
上の写真は、尾道港(駅前)から、向島を見たものです。向島渡船と、高速船‘ニューびんご’が写っています。
以下の写真は、1980年代の、尾道港に出入りしていた船の写真を日本客船総覧から、抜粋掲示させて頂きます。



上から、瀬戸田行きの、第五はぶ丸→今治行き、高速船、第五かもめ→松山行き、石崎汽船の水中翼船→土生、生名行きの高速船、せとです。懐かしい船たちです。
1980年以降、四国今治港からの航路を、徐々に三原港に移行し、車両中心のカーフェリーや、新幹線の三原駅への接続に便利な高速船の登場と、尾道航路は、衰退して行きます。
今治~大三島~瀬戸田~尾道航路は、大三島大山祇神社、瀬戸田耕三寺の観光航路でした。観光需要の減少も原因でしたね。
その後の、しまなみ海道開通に伴い、尾道、三原、今治と航路廃止が相次ぎ、どの港も衰退し、街の活気も薄れていきました。港町から船を取ったら、何も残りません。悲しい現実です。



























































