と書いておいて、ちょっと余談。


今日はアラブ人宅で女子会。
文化の勉強になる。

でも毎週は厳しいな。
私はやっぱり男っぽいのかも。
文化の話や誰かの噂話だけでは毎週無理だ。


でもアラブの文化は知らないことが多くて面白い。
でも辛かったのは、女性への視線。
女性でもばりばり働く人は沢山いる。
でもそのような女性が自信を持って働くのは、結婚して、子どもがいて、愛する家族がいてという環境があって。…やっぱり未婚は肩身狭い。
別に嫌じゃないけど、なんでも結婚ありきの話をされるのは嫌だなぁ。


さておき、書き残したいことをツラツラと書きます。
私は人より変わっている。と自覚してます。
そしてその変人ぶりを支えるのは、自分が行く道を信じる気持ち。
迷いや失敗はありながらも、行動を裏付ける理由があればいいと思ってる。意味ある失敗は学びにかわるから。
やっぱり救われたのは、自分が歩んだ軌跡は振り返らないとわからないというかの有名なスピーチ。今やってることはいつか繋がる。
あそこまでの自信や変人さはまだ私には足りないが、いつかもっと強い、確固たる自信を持って生きていきたい。

この人の話も刺激になった。
http://www.iibc-global.org/ghrd/global_manager/feature/03_07.html


これからの日本の子供達は戦国時代並みの競争に揉まれると思う。
でもそんなことに気付く社会や戦う力を養える教育にはなってない。
家族が子どもの自主性を尊重する社会になってほしいと思う。


ノンフィクションというドキュメンタリーで、大学受験塾を放送してた。塾長は元暴走族から大学出て、企業に勤めた方。
彼が生徒に話してたのは、人生何をしたいかを見つけるということ。
こんなにチョイスがあり、自由な日本の社会で、子どもたちは存分に機会を楽しんでほしいと思う。

日本は自由だと感じるのはアラブにいるから。
特にアラブでの障がい者の人権保障は遅れている。
家族に守られ、自分で選択した人生を歩めてる人は少ないと思う。
かつ社会参加もまだまだできていない。
カタールは外国人在住者でも能力があれば、大学までいける。福祉機器も安価で手に入る。最低限の衣食住は保障される。
しかし仕事はなかなか無い。特に外国人なら尚更。知り合いは卒後数年自宅にいるのみで辛いと話していた。
戦禍より良いと外部からの支援対象にはなりづらい。


シリアから出た難民も同様。様々な国で衣食住は保障される。
しかし働く権利がなかったり、期限付きのビザだったり、将来を描くことは中々難しい。
争いも複雑化し、支援の手も少なくなってきている。
脊損で下肢障害の車椅子・ウロバックの20歳前後の若者が、将来を描けない辛さは一塩だ。
特に障害だけでなく、結婚してないことにも負い目を感じている姿を見るのは辛かった。
彼らの悲しみが経験のなる日が近いことを願う。


日野原先生の記事で、精神を満たすためには、自分が何のために誰のためにが肯定的に捉えることだと読んだ。
アラブの障がい者はどの生活レベルの国でも、まだまだ難しいと感じる。
世界を見渡すとアラブと似たようなものなのだろうか。


金スマで発達障がいを持つピアニストの話を見た。
発達障がいは特別なのではなく、彼女が努力して得た人生である。
共に家族の支えも素晴らしい。
友達1人を作るのが大変なのに、音を通じて沢山の友達ができた、ピアノをやっててよかった…と言った彼女の言葉に色んな想いが含まれていることを感じ、感動した。
ふつうや常識から外れた人に対する社会の理解が広がればと思う。


やまゆり園の事件から一年、犯人の気持ちはあまり変わっていないという。
尊敬する爆笑問題太田光氏が、コミュケーションを取れてなかったのは犯人自身だと指摘した点。(犯人はコミュケーションを言葉で取れない知的障がいを世の中に不必要な存在として殺した)
まさにその通りだと思う。
世の中には言葉以外に様々なコミュケーション方法がある。
(特に日本語はわりと非言語コミュケーションが多い?)
太田光氏が言ったように、亡くなった知的障がいを持つ方々は沢山の人と様々なコミュケーションを取って生き甲斐になっていただろうが、犯人は自分が送ったメッセージを誰にも受け取ってもらえなかったのではないかと。
殺人は断じて許されない行為であるが、きっと犯人以外にもコミュケーションに困っている、孤独を感じてる人は日本に沢山いるのではないかと思う。


そうそう、私のlife planは社会の隙間の人を支援することである。
必ずどの社会にも歪みはあり、その支援を様々な形で生涯できたらと思う。


またもまとまり無いけど、あくまで自己満記録用ブログなので、悪しからず。
中東も残り少ないのでカキカキ。