今日は8月15日、

二戦終戦の記念日となる。

72年前のこの日、

痛みかつ楽しみ伴う一日だった。

 

今日はそれぞれの国がそれぞれの感情を覚え、

それぞれ異なる歴史の記憶を呼び起こすと思う。

 

ワタシは深いことを言えず、

一つのドキュメンタリー映画をお紹介したい

それは「三十ニ」である。

 

 以下の写真と紹介由来:V电影Vmovier

 

「三十二」の意味とは、

日本の対華侵略(日本は「日中戦争」と呼ばれる)の8年間、

約20万の中国婦人は

日本軍に強制され、

慰安婦にさせられた。

この映画を段取りする時(2012年)、

中国に残ってる被害者が「32人」いた。

 

(2014年「二十二」の長編映画を取材する時、ただ22人になり、

今日までただ8人残ってる)

 

一部分の被害者は身分を公開したくないので、

これは取材された被害者のリストである。

 

 

映画は第一人称で、

こちら92歳の中国「慰安婦」韦紹蘭さんと

彼女の70歳の日本人息子の人生を

述べている

 

韦さんにより、

日本軍は村に来る際、

韦さんは娘を連れて逃げようとする時、

日本軍につかまれた。

当時どのぐらい婦人がつかまれたか

数える勇気がなかった

 

韦さんはその時、

泣くこと、見ることもできず、

日本軍を怖がっている毎日を過ごし、

夜寝る時もぶるぶるとたまらなかった

 

韦さんは3ヶ月間こもられ、

日本軍が昼かれ夜かれ

随時にその部屋へ入り、

そこにいる婦人に暴行を施す

5、6人で輪姦実施することもあった。

 

 

それら怖い思い出を述べる時、

韦さんはすごく不安で手が落ち着けない。

何度も目が赤くなって

なかなか進められない。

 

 

その後、

娘はなくなった。

もっと苦しめるのは

自分が妊娠したことに

気づかった。

 

それは

日本人の子供である。

 

こちらは韦さんの息子羅善学さん、

1945年7月13日生まれる。

一生「日本人」に罵られ、

結婚相手誰もいなかった。

 

「今まだ動けるのはいいけど、

年よりになって動けなくなったら、

誰もそばにいないことは

一番悲しい」

と述べている。

 

 

映画には、

一つの山歌の歌詞が

何度も繰り返した

 

「自分の憂いが自分で解く、

自分の涙が自分で拭く」

 

映画の最後

こんなに苦労をさせた後

どうしてまだ生きていると

聞かれ、

韦さんは揺れる声で

少女時代の山歌を歌った:

「自分の憂いが自分で解く、

自分の涙が自分で拭く」

「この世界はよかった

 

 

 

 

 

当時それら戦争の暴行に苦労させられた

被害者はだんだんなくなった。

中国人の「慰安婦」被害者たちは

何度も日本政府へ

不当扱いされたのを訴え、

正式な謝りを求めている。

 

しかし、

一度も勝訴できなかった。

 

韦さんのように

「ごめんなさい」

を言われずに、

この残酷な世界を許した。

 

歴史に確立された事実は、

誰でもごまかせない。

 

歴史を記念するのは恨み抱えるのではなく、

未来のためである。