こんにちは!
今日で息子の晃士は、生後 52日目を迎えました。
こんなに経ってますが、やーっっと、出産の時のことを書きました。。。
時間を掛けた割に、書き残したいことや気持ちをイマイチ表現できてないんだけど…。Y(>_<、)Y
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4/6の午前1時20分。
ふと目覚め、トイレに行って出血に気付く。
「これが『おしるし』かぁ!ついに、陣痛の兆候だ!」と、割と冷静な私。いつ破水してもおかしくないと思い、シャワーを浴びました。
その後、横になっても眠れず、3時過ぎ頃にクリニックに電話すると入院になりますので来てください、とのこと。
夫と支度を済ませ外に出ると…4月に入ってもう1週間になるというのに雪が降ってました。
この時初めて聞いたんだけど、夫が生まれた日も雪が降ってたそうで。お腹の赤ちゃんも同じ日を選んだのかな?なんて考えつつ、この先の長くなるであろう闘いに備え笑、途中コンビニでおにぎりを買い、クリニックに向かいました。
クリニックに午前4時に到着。
長いこと入院してたおかげで、看護師さんたちとは仲良し。
「ついに来たね~。もっと早いと思ってたよ!」「まだ笑顔の余裕があるから、まだまだかかりそうだね~」なんて会話をしつつ、陣痛室へ移動。
この時点で子宮口は3センチ。
生まれるのは日付が変わる頃だと言われ、夫は一旦帰宅。
しっかり朝食を食べ終えた8時半、子宮口を確認すると5センチに拡大。
これは、夕方には生まれてるかもね~と言われ、順調なんだなーと安堵する。
しかし、この後が長かった…。
母体が疲れてると陣痛が間延びするらしく、夜3時間くらいしか眠れなかった私に、少しでもウトウト出来る様にと助産師さんが注射を打ってくれたのが9時半を過ぎた頃。
人生初のお尻筋肉注射は、陣痛と入院中の針慣れでなんともなく。 笑
この頃、夫が再び来てくれた。
帰っても眠れなかったらしい。
まどろんでいるうちに昼食が運ばれてくるも食べる気力は全然ない。
その少し前からからだんだんと陣痛が強くなってたけど、それでも弱く、かつ、短かかったらしく、促進剤を点滴で投与。これが大体14時半。
それまでは、時刻と経過をちょちょっとメモする余裕があったけど、促進剤を入れた直後からどーんっと強い陣痛が来て、余裕などすっかりなくなりました。。。
促進剤を入れる前か後か、記憶が曖昧だけど、結局自然には破水せず、助産師さんが破膜してくれました。
「赤ちゃんがあと2cmおりてきたらお産になるから、頑張って!」
そう助産師さんに言われてから大分長い時間かかって、
多分、いきみ始めて2時間以上経ってたような気がするんだけど、
後1cmから進まず、分娩台に上がったら進むかも!の可能性に掛けて歩いてやっとこ移動。
そしたら院長先生が来てすぐに、
「出しちゃおう」か、「産ませちゃおう」か、正確な表現は覚えてないけど、とにかく分娩させる、ということに。
院長「長くいきんでたせいでオシモが浮腫んでて赤ちゃんが出て来れないから、切開するけど、良いね?」
私「はい、お願いします!」
院長「はい、じゃあ、麻酔するからね~」
私「…」
助産師「院長のこと、『鬼』だと思っていいからね!」
私「は⁈⁇⁇ ……
うぎゃーーっ‼︎!!…」
院長が私の横に移動して、陣痛の波に合わせて、お腹をぐっ!ぐっ!ぐっ!と押したのです。
それを3セット位…!
叫びました。
そりゃあ、もう、思いっきり…。
でもその甲斐あって、すぐに、
ふにぁあ!ふにゃあ!と我が子が出て来れました!
おまたの間から胸元へ、へその緒が繋がったままの我が子を、助産師さんが見せてくれた時は…
もう、めっちゃ涙でした!
「やっと逢えた!!べべちゃん、頑張ったね!!う~う~(T ^ T)」
と私大泣き。笑
夫が立ち会ってくれたのですが、分娩室に入って私に一声掛けてくれた直後に生まれたので、え?と拍子抜けしてたようで。
「もっと、がんばれー!がんばれー!って言う気でいた」と、笑
そりゃそうだよね、私だって思ってたよりすぐに出て来ちゃって、びっくりしたもん。(^_^;)
何はともあれ、無事に、元気で、何の問題もなく生まれて来てくれたことが嬉しくて嬉しくて…
入院生活や、陣痛の痛みや、呼吸の苦しさなんて、もうどっかにふっとんでました。
そして後処置の間、傷の縫合の正に最中、
「先生、あと2人産む予定なので、お願いしますね!」
って、言ってました。笑
そしたら高齢の院長、
「それじゃあ僕は引退出来ないじゃないか!1年にパパッとまとめて3人くらい産んでくれや」
なんて返してくれて。笑
しばし笑い声が分娩室に響いてたのでした。
終わってみたら、所要時間は15時間と48分。
初産にしては、普通、みたい。
ただし、分娩時間は3分だったけど。( ̄▽ ̄)
陣痛は最初の方は「痛い」と感じてたけど、
促進剤を入れてからは、「苦しい」になってました。
みぞおち(子宮底)に赤ちゃんのお尻と足があって、陣痛で子宮が収縮する度にみぞおちを押され、息が苦しくなって、途中からは酸素マスクのお世話になりました。
バースプランで、
「なるべく促進剤は使わないで、切開もしないで、出来るだけ自然に産みたい」
と希望はしてたものの、
いざ本番を迎えてみると、
促進剤も、このままずっと弱い痛みが長く続くけどいい?と聞かれれば、早く解放されたい気持ちが勝ってたし、
赤ちゃんが苦しむより使った方がよっぽどいい!とも思って返事をしたけど、
後から助産師さんに聞いたら、赤ちゃんはちゃんと苦しくないように産道を上手いこと通って来るんだそうな。
だからねー、赤ちゃん頑張れー!じゃなくて、お母ちゃん頑張れー!なのよ?
だって。(´・_・`)
そうそう、我が息子くん、頭囲が平均33~34cmのところ、35cmあって、それでなかなか産道をおりて来れなかったみたいなのです。
「身長160cmくらいあればするりだけど、良く産んだわねー!1cmの差は大きいわよ~!わははは!」
と、助産師さんのお墨付き…。
152cmのお母ちゃん、頑張った!(-。-;
確かに、授乳室で会ってた他の新生児に比べて、頭がまん丸なのです(´・_・`)
それは、健診でも変わりなく。笑
それから、とても重要だったのが夫の存在。
陣痛がくる度に腰や背中をさすってくれたり、水を飲ませてくれたり。
痛み逃がしにぎゅぎゅっっと遠慮なく手を握らせてもらったり。
途中から暑くてウチワで仰いでもらってるのに、陣痛が引くと汗が冷えて寒く…「もっと弱く」って言ったり、また「もっと仰いで!」って言ったり…。
頭の隅では、こんなワガママでいいのか⁈と浮かんでも、そんな理性通せるはずもなく。笑
夫はそんな私のそばで、ずっと一緒にいて、一緒に頑張ってくれました。
妊娠がわかった時から、まだ何の変化もないお腹に向かって、赤ちゃんに話しかけてくれてました。
入院してからは、ほぼ毎日会いに来てくれてました。
陣痛が来始めた時も、起こしてもないのに、何かを察知したのか目を覚ましてくれました。
そんな夫は、私が後処置をしている間に先に赤ちゃんを抱っこしてたのですが、人知れず涙してたそうです。
私が後処置の時に院長先生にあんな風に言えたのは、
『産む』のは私の役目でも、
子供を授かり育んで行くことを、
家族をつくっていくことを、
夫と一緒にやってきたからだと思います。
出産を、『ひとり』だなんて感じなかった。
それまで色んなことがあったけど、
とてもいい出産が出来たと感じてます。