小学校5年生になった頃だった


虐めをテーマにした漫画が


私の周りで流行りだした





『○○最近、調子のってるから


いじめごっこしようよ』




ルールは簡単


○○が鬼で鬼と喋った人が


次の鬼になる


終わりのないゲームだった





最初は基本的に無視。


次々と鬼は変わっていった


その度、内容は過激になった




靴がなくなる、教科書の落書き


黒板に書かれた悪口


陰口すら苦痛に感じる程だった





いつからかみんなは


鬼になるのをさけるようになり


仲間の非を探りあうようになった


信用し合っていた仲間が


一瞬にして一変した





中には虐めをすることで


快感を求める者も出てきた





そして私たちの中で


初めての登校拒否児があらわれた


それですら笑いのネタになった





すぐに飽きてまた元の仲間に


戻るんだという希望の光は


いつの間にかみえなくなっていた






物心ついた頃には


一人部屋があって保育園に


入園する前から一人で寝た


一人が楽だった私にとっては


苦痛ではなかったけれど


少なからず寂しい気持ちはあった




明るく元気でいつもにこにこ


人見知りしないでよく喋る


それが昔の私だった


保育園の先生はいつも


「鮪ちゃんは可愛くなるわ」


と 言われ


嬉しそうに笑う母をみて


私が褒められるとお母さんが


喜ぶんだと思い


教室の後片付けを頑張ったり


お昼寝はいちばんに寝たり 笑


延長保育で泣いてる友達を


慰めたりしていた。




小学校に入るとすぐに友達ができ


先生にも気に入られて


小学校6年間学級委員を務めた




勉強も人一倍やった


宿題の提出も欠かすことはなかった


図工の作品展があれば


必ず私の作品が選ばれて


その時は両親はすごく喜んだ。




保育園からの親友もいた


小学校でできた親友もいた


全てが順調だった。






6月 梅雨の時期だというのに


蒸し暑くよく晴れた日


私はこの家の三女として


この世に聖を受けた




姉は顔は割整った方で


親戚からはいつも可愛がられてた


人当たりのいい、上手く生きるひと




兄はおっとりしていて優しい


共働きの両親の変わりに


いつも私の相手をしてくれていた




母は気性激しくいつも怒っていた


世間体ばかりきにしていて


家事、仕事は完璧にこなすが


育児はあまりしなかった


遊んでもらった記憶は一切無い




父は車関係の仕事をしていて


休みの日曜は庭の手入れをしていた


怒らせると厄介なので顔色を


窺いながら話をしていた・・と思う