朝、家の中を探しても見つからなくて、実家にあるのか?と思い洗濯物も放っといて探しに行った
母がなくなるとすぐに葬儀屋が来た
夜中にもかかわらず、電話をすると飛んできた
病院で息を引き取ったから、このまま葬祭ホールにいきますか?と葬儀屋に聞かれたが、家に帰らせてやりたかったから一旦家に帰ってお通夜の前にホールへ移動することにした
家に着くと、悲しみにくれている暇はなかった
祭壇、霊柩車、棺、灯篭などたくさんの決め事をしなければならなかった
しかも、短時間で
そんな慌てないかんのか⁉︎
と、父は言っていたけど、当然だった
だんだん、みんな今しなければいけないことに追われて一時涙は止まっていた
葬儀屋の人に、遺影にする写真と他にできるだけお母様の写真を出してください、と頼まれた
遺影はわかるけど、なんで写真がそんなにいるのかわからなかったが、言われるままにアルバムから何枚か出した
そうすると家族とかみんなで写ってるもの、思い出に残ってるものをもっと出してください、と言われた
このバタバタしている時に、どうするんだ?と尋ねたら思い出のDVDをお作りしますと言う
あたし達家族は怪訝な顔をしながら、アルバムを何冊もめくった
しまいに、みんながそこに集まって思い出話に花が咲いた
その間、何度も決め事を促されあっと言う間に朝が来た
近い親戚は家に来て参ってくれた
昼過ぎ、お通夜の準備のため母は式場へ移動した
控え室に入ると、係りの人にご家族全員のメッセージを書いて下さい、と用紙を渡された
子どもたち、あたし達姉妹、父が書く欄があった
ワシや書くことないわ、と言う父にお母さんへの最期のお手紙やけん書け、と書かせた
そのかわり、喪主の挨拶文はあたしが書いた
お通夜、告別式は何がどう進んでいったのかはあまり覚えていない
記憶にあるのは、
丁寧に湯灌をしてお化粧をしてくれたこと、火葬のスイッチを押した時に気を失いかけたこと、
そして、母の写真やあたし達が書いたメッセージが映像で流されたことくらいだった
ものすごく、泣いた
お葬式が終わってからも、そのDVDは何度も何度もみた
控え室でほんの短い間に、母へ書いたお手紙はみんな、心を打つものだった
あたしが最後に、母に伝えたかったのは
母からもらったものへのお礼だった
最大の教えは「感謝」
無限に与えられたのは「愛」
今なお、与えてもらっていると思う
それを信じて、守って生きてきてよかったと、おとといの夜本当にそう思ったから
もう一度あのDVDがみたかった
しあわせだよ
母の写真の前でそう言って手を合わせた