そういえば、昔アナウンサーになりたいと思っていた
と、思い出した
あたしがなりたかったのは、野球場のウグイス嬢
しかも、巨人のホームの後楽園球場
当時のね
そして、巨人の選手と結婚したい、
というとーっても不純な動機
大卒じゃないとなれないと聞いて、あきらめた
それが、高校のころで数年後、ローカルテレビ局系列のホテルの社長さんに、ホテルのマネージャーか、アナウンサーにならないか?と誘われたことがあった
ホテルのマネージャーも、アナウンサーも、素敵だなぁとは思ったけど
なんとなくその社長さんとお付き合いをしなければいけないような気がしてお断りした
母の通院の送り迎えがしたかったので、不規則な仕事は避けていた
今、娘が仕事をしているのをみて
無限の可能性のもとにいることが、とても羨ましくて、懐かしい
何の足かせもなく、自分の意志だけで人生を決めていける
今しかできないよね
その贅沢さに、彼女たちは気づいているのだろうか
あたしも気づいてなかったけどね
雑誌の編集者になってたあたし
ホテルウーマンになってたあたし
アナウンサーになってたあたし
外資系商社マンの妻になってアメリカで生活していたあたし
(こういう道もあったのです…)
人生の岐路で選ばなかった道
今思い出したらすごいな
でも、やっぱり今のあたしがいいな
どんな道を選んでいても、ここに居るあたしになってる