自分が何者かわからない
と思うことありませんか。
好きなこともよくわからないし、
やりたいこともぼんやりしている。
自分って何もない、
空っぽだと思っている人もいます。
でも多分、何もないわけじゃなくて、
まだ形になっていないだけのことがあって、
例えば、なんとなく気になることはあるのに、
うまく言葉にできなかったり、
やってみたい気はするけど、
「これだ」って言い切れなかったり。
はっきりしていないから、
「わからない」と思うけど、
実際はまとまっていないだけで、
動いてはいる。
水って、器に入るまで 形がないけど、
水がないわけじゃなくて、
「自分がわからない」は、
器をまだ見つけていない状態に近い。
だから無理に「これがやりたい」と決めようとすると、
逆に違和感が出ることもあって、
形になっていないものを、
急に言葉にしようとすると、
「なんか違う」気がする。
こういうときに必要なのは、
「正解を見つけること」じゃなくて、
少し外に出してみること。
小さく試したり、
気になってることを検索してみたり、
言葉にしきれないままでも動いてみる。
そうすると、
ぼんやりしていたものが、
少しずつ輪郭を持ち始めます。
逆に、ずっと頭の中だけで考えていると、
エネルギーはあるのに、
形にならないまま止まってしまう。
「自分がわからない」は、
何もない状態ではなくて、
まだ固まっていない状態。
だから、わかるまで待つというより、
少しずつ形にしていくもの
なのかもしれません。
はっきり「これが好き」と言える人もいて、
それを見ると、 自分だけ遅れている気がするけど、
でも、輪郭がはっきりしている人は、
それだけ削られているものがあります。
まだ形になっていないなら、
「何もない」というより
たぶん、持っているものは多い。
形になっていないだけで、
なくなってはないと思います。
それが何かに触れたとき、
急に輪郭が出てくることがあります。
その瞬間は、
探しに行かないと来なことも多い。
わからないまま動いたところで、
形になるのかもしれません。