Juanita | Ai Hidaka Travel journal

Juanita

アレキパ滞在2日目。市内にあるアンデス聖地博物館へ向かった。
博物館はガイド付きで見学する決まりとなっており、私の訪れた時間帯にはイタリア人ばかりが来ていたため、私だけのために英語のガイドが付いてくれた。彼は私がきちんと理解するまで辛抱強く丁寧に説明してくれるガイドの鑑だった。この博物館には、インカ帝国時代に山々の噴火を鎮めるために生贄として捧げられたと考えられている推定12歳から14歳の少女のミイラと、その副葬品の数々が納められている。1995年に標高6380mもの高さの火山Ampoto山の山頂近くで発見されたこのミイラは、発見者Juan Reinhardの名前をとって「Juanita(フアニータ)」と名づけられた。乾燥した土壌の中で凍結していたためにその保存状態は素晴らしく、髪の毛は豊富に残り、肩の皮膚には艶さえも認められるほどだった。館内の写真撮影が禁止だったことが非常に残念だ。公開はされていないが、彼女が眠っていたAmpoto山では他にも3体のミイラが発見されており、現在ペルーとチリの山々で合計18体もの生贄のミイラが発見されているという。彼女たちは「chicha」と呼ばれるトウモロコシで作られたアルコールを飲んだ後、「macana」と呼ばれる先端が星形の槍で右の眉弓を一突きされ、神に捧げられた。彼女たち生贄は皆、高貴な血族で美しく純潔であることが条件であったと考えられている。生贄として選ばれたとき、彼女たちは何を想ったのだろう。自らの命を捧げることで山々の噴火が鎮まると心から信じることができたのだろうか。彼女たちの両親は自分の娘が神のもとへ捧げられることに哀しみではなく喜びを感じたのだろうか。
信仰とは時として狂気である。
美しい衣装で飾られ、輝く黄金の彫刻や銀細工と共に神のために葬られた彼女たちはやがて発見され、その衣装は剥ぎ取られ、副葬品を奪われ、人類学者や生物学者によって細部まで詳しく研究されることとなった。そしてガラスケースに閉じ込められて全世界の観光客の前に晒される運命を辿った。Juanitaには名前が付いているためか、私はやけに同情的になってしまい、哀しく申し訳ないような気持ちを隠せなかった。
なお彼女は1999年に来日しており、その際に現在の冷蔵ガラスケースを「東映」からプレゼントされている。ガラスケースには東映のマークが刻まれていた。








I visited MUSEO SANTUARIOS ANDINOS.
We can see the mummy which is fine condition.
The mummy is called Juanita.
Juanita,the beautiful young girl of the Ampoto Volcano,was discovered on the 8th of September 1995 by anthropologist Dr.Jophan Reinhard.
Incaic peaples offered a Juanita as a sacrifice to their gods.
The Ampoto Volcano,with height of about 6,380 above sea level,sheltered this beautiful Inca girl in its besom for about 500 years or more.She must have been 12 to 14 years old.