「ちゃんとした」というのは
「世間一般的に通じそうな」だった
そもそも
世間一般的な感覚から外れてしまっていることを
隠そうとするため
そーゆーのを探すのだ
そんなとこスルーするくらい
当たり前に見ているものに
即座に素直にピュアに
反応してキャピキャピする自分
ここを制限するので
先に進まなかった
大したことないのに
自分にとっては大きいこと
比べたらわからなくなっちゃうから
こう感じた!。で終わって良い
自分に許可できると
世界は拡がる
やってることはなに一つ
無駄なものなく
身体に細胞に記憶されていくよ
ちゃんと感じるのは
頭じゃなくて体感だ