そう言えば
どれくらい
寝てなかっただろう…


母が亡くなって
お葬式が終わるまでだから
丸3日は
寝ていなかったかも
しれない…


🕯️の番もあったし


亡くなってすぐ
母は苦しそうな顔を
していた

だけど
火葬直前は笑顔でした。


実は🏠から火葬場に
向かう際
母のお店の前を
通ってもらった。
遠回りにも関わらず
承諾してくれた🍀


ほんとに感謝🍀✨


母は火葬前に
お店に寄れて
もしかしたら
ホッとしたのかも
しれない。


笑顔の母を見て
少しホッとしたぐすん


ずっと申し訳ない
気持ちでいっぱいで
苦しかったから
ちょっとだけ
母に許してもらったような
気がした。


私が
ブログを書くきっかけと
なったのは
母の死から
11年がたち

書くことで
何かを残したいという
思いに刈られたからです。


母の死と同時に
私の心も一度
死にました。


お店をどうしようか


考えなきゃいけないけど
何も考えられませんでした。


妹は
東京には帰らず
しばらく傍に
いてくれました。


私には
未就学児の子供が
二人いて
この子たちの為に
私はもう一度
息を吹き返さなければ
いけない

悶々と
自問自答しながら
1ヶ月が過ぎ

そして間もなく
49日を
迎えようとしていた。


そして
決断した!


私は
母と過ごした
思い出のお店を
閉めるわけにはいかない。


例え
1年ももたないかも
しれないけど
閉める選択は
出来なかった。


お客様も
待ってくれている。


独立しようか
悩んでいたではないか!
だったら
やってみるべきだ❗


私は息を吹き替えした真顔


強い気持ちで
開ける準備に
取りかかった!
もちろん妹にも
手伝ってもらった✨


心強かった✨


始める前に
旦那に
その旨を伝えた。


快諾してくれた✨


きっと
私が息を吹き替えした事が
何よりも
嬉しかったのかも
しれない。


もう一組
話をしなければ
いけない人物がいる。


義両親だ…真顔


しかし
この報告後
まさか
親戚一同を巻き込む
大事件に
発展していくとは
この時は
思ってもいなかった…チーン



続く…