今日は、愛を受けとることを学びました。
ヒプノセラピーで
小学校四年生のあたしに会いにいくと
劣等感や、焦りで、とてもつらい私がいました。
運動が苦手で
なわとびが、嫌いで
二重とび、三百回連続飛びの課題。
クラスで一番最後。
苦手を押し付ける先生
数を数えてくれる友達
もうノルマ達成しちゃった友達
まだ跳べないの?って聞く親
みーんな嫌で
できない自分が嫌で
恥ずかしくって 逃げたくて
やめたくて 練習なんかしたくなくて
連絡帳には
今日も跳べない って書かれて
お母さんは
クラスで最後なので心配ですと書いた。
やっぱり
恥ずかしかった。
嫌だった。
だけど そこには
いまなら受け取れる愛があった。
あたしが逃げないことで味わえる
達成感を知ってほしくて
必死だった先生。
親は、クラスでビリの
あたしのことが恥ずかしかったんじゃなくて
本当に心配していたんだと思う。
一番最後だから
不安になってないか
ちゃんとあきらめずに、やりきるか…。
その不安を和らげるための
コミュニケーションのための連絡帳。
数を数えてくれた友達は
心からの応援で…。
みんな、みんな
愛だったんだと気づいたら
涙がぼろぼろでてきて
ありがとう って、二人で泣いた。
300回とべた日に
学級通信、つくってくれた先生。
放課後、家に帰ればいいのに…
カウントをしてくれた子。
あたしは、そんな愛を受けとるより先に
解放された!!って思ってた。。
達成感より
もう、やらなくて良いことが嬉しかった。
そのまま、置き去りにしてた
受け取っていなかった愛を
受け取ったら
みんなからもメッセージが
来たみたい。
Rumi が最後になって
なかなかできなかったこと
Rumi がいたから
見守る心や、応援する気持ちを学んだよ って。
どうやら
愛を受けとることと
愛を与えることは、セットみたいだ。
愛をもらったー!と思ってたら
同時に愛を与えてた

そんな素敵な発見があって。
いつも、愛を与えなきゃ、と思っていたけど
愛を受けとることも、大切なんだと気づいた

もちろん
自分からしたら、愛のつもりでも
相手にとって、愛とは受け取られないこともあるし
逆も同じ。
とても、嫌なこと
痛いこと、厳しいことが
あとになって
愛だったとわかることもある。
そのとき、一番良いと思った愛を
選択するだけなんだけど
意外とむずかしい~。
最善、最高で
心の願う愛を選択していきたいな。