時々、妙なカンが働く事があります。先日もそうでした。車で出かけようと思ったけど、何だか地下鉄に乗って出かけ無きゃいけない気がして外出。
かなり長時間並んだり歩いたりしたので帰りは贅沢だけどタクシーを使おうかとも思ったんですが(我が家迄1000円チョイの距離の場所です)でもやっぱり地下鉄に乗りたい(笑) そんな時は野生のカンに従うワタシ、素直に地下鉄で帰宅です(笑)
んで地下鉄を降りて歩いていると高齢女性が道端で建物の柱にしがみついて何やら傍に居る中年女性と揉めています。
思わず声をかけてしまいました。「どうしましたか?」と。
中年女性、とても怖い目つきでワタシを睨みながら自分達が親子で母親が認知症の為いう事を聞かない、と話してくれました。
顔見た途端、このままにしてはいけない、と思いました。娘さんの目がとても余裕をなくしている気がして。
お母さんはもう、死にたいとか、この人が叩いて来るとか、出かけたくないのに、などととかく認知症の人が良く言う事を私に訴えて来ます。
最初、娘さんは凄くワタシを警戒されていたんだと思います。が、ワタシにも高齢の母が居て、別居だけれどまだら認知の症状が出た時は振り回されて困っているから、とちょっと自分の事を話したりなんかして。
ワタシにまだら認知の母がいると知って安心してくれたのか娘さんもお母さんが頑固に言う事を聞かない生活に疲れている事、もう何年も振り回されて困っている事を話してくれます。
もうね、カオス。2人の話を同時に聞く形になったのですが、途中でお母さんを宥めて娘さんの話を聞いて、と。
こちらも夢中です。でも、お母さんに何度も「大丈夫だよ」「大丈夫だよ」と話していたのは覚えています。
同じ方向に移動だから、途中迄一緒に行きましょう、とちょっとでもお2人の気分が変わるよう提案してゆっくり歩きながらまた話を聞いて…。
認知症の方って自分が被害を受けている、と訴える方が多い気がします。そして介護する側は疲れ果ててつい怒ってしまうんですよね。で、また被害妄想になって、何度も言われた介護する側が怒って、の無限ループ(ワタシも含めてです)
お2人の話をそれぞれ聞きながら、自分と母を考えたりして。
子供って親にはいつまでも親でいて欲しい部分がどこかあるから、親が認知症になるとついつい言葉がキツくなる部分があるのかなぁ、とか。(ワタシだけ?)
お2人にワタシもまだら症状のきつい状態の時の母との関係を学ばせてもらったのかも。
お母さんの被害妄想の部分に対して、傍の紅葉が綺麗だよ~、と指さして少し猫じゃらし(笑)
スーパーに買い物に連れて行こうとした娘さんに逆らうお母さん。大丈夫、大丈夫と言いながらスーパー方向へ移動する女3人です。(少しでも運動させよう、気分転換させようと思う娘心ですね、きっと)
お母さんにはスーパーのお花屋さんに綺麗なお花が沢山あるから見て来て~!とお話し。娘さんには娘さんが凄く頑張っている事、認知症の家族を抱えている人は沢山いて、辛くなったらそんな人達が色々話し合える団体がある事を伝えて一人で頑張らないで、と伝えてお別れです。
ワタシ、娘さんはえらい、とても頑張ってる、だけど無理はしないで、と気持ちを込めて手を握ったら、娘さんも話を聞いて貰えて良かった、と何度も言って笑顔になってくれて。 傍から見ると中年のおばさん2人が手を取り合っている不思議な光景ですが、娘さんの顔が少し明るくなってくれていたんです。
大きな道路を渡って、何気に振り返ったらお2人共が立ち止まってこっちを見ていて、手を振ってくれました。少しはお2人のお役に立てたかな?
帰って来てからぐだぐだと考え込んでしまいました。本当はもう少し時間を取ってゆっくり話を聞くだけでお2人をもっともっと楽に出来たんじゃないかとか、連絡先を交換するべきだったのかも、とか。でも連絡先を交換して継続的に関わると逆に依存のような状態になって良く無い事になったのかも、とか。答えは見つかりません。
ただ、話を聞くだけでも気持ちが変わって来る、という事ってとても大事な事だ、と実感した出来事ではありました。
いつか、経済的な事を考えずに過ごせるようになったら、良い言葉で傾聴ボランティア、普通に言って井戸端会議ボランティア?したいな。やりたい事が明確になって来た日でした。