愛と真実の女神 ラディータ留美


人の問題に巻き込まれる、という表現があります。


職場の同僚同士でだったり、子どもを通じて知り合ったお母さん同士でだったり、互いに意見が一致せずだんだん、険悪なムードになり。。。


はじめは、ただ話を聞いていただけだったのに、いつしかその当事者かのようになってしまった。


巻き込まれてしまった。


あるいは、友人があなたの共通の知り合いについて、陰口を言い始めた。


本当は聞きたくないのだけど、その場を抜けることもできず何となく聞く羽目になっている。


「私は聞きたくもない話を、聞かされている」と思っています。


巻き込まれた、聞かされた、どちらも自分が被害者という立場になっていますが、本当にそうなのかというと、答えはNOです。


なぜなら、相手に話をさせているのは、自分だからです。


そして、このような事態に陥る原因として、自分と人との間の境界線が保てていないことが挙げられます。


境界がないために、相手と自分の区別がなくなり、互いに問題を共有しあってしまうのです。


だから相手の問題を押し付けられているのではなく、自分から相手の問題に入り込んでしまっているのです。


友達のある日の腹が立ったときの話を聞いて、一緒になって腹を立ててしまう人。


心ない事件のニュースを聞いて、とても悲しくなったり、苦しくなる人。


機嫌の悪い人がそばにいると、それを見た自分まで機嫌が悪くなる人。


あなたに思い当たるところがあるのなら、境界線が保てていないかもしれません。


そして、自分で望んだわけではないのに、なぜかイヤな話を聞かされることが多い・・・のではないでしょうか。


健全な境界線があれば、イヤな話を聞くこと自体がほとんどなくなります。


仮にあったとしても、それは相手の問題であると捉えることができるため、知らぬ間に当事者になっていた、などという事態に陥ることもありません。


自分の意見は臆することなく伝えることもできますし、それでトラブルになることもありません。


境界線さえあれば、とても健全で良好な人間関係が築けるようになるのです。


生きている限り必須である境界線、あなたは保てていますか。