人生って

大なり、小なり

選択の連続で

 

「今」につながっていて

 

過去の

自分の選択の連続で

「今」があるんだよなぁ~

 

そんな風に考えると

 

今までの全てに

意味づけがされるようだ。

 

過去の苦い思い出や

その時は本当に苦しかったことさえも

愛おしくも感じる。

 

だけど、受容できないものは

もう少し

そっとしておくよ。

 

 

そんな自分のしてきた選択。

 

例えば、

それって

しても、しなくても

いいのに

 

何で私はこれをしたいの?

 

するの?

 

そこを深堀していくとね。

自分の本当の思いに

気づくことがあるんだよね。

 

 

私の

今の選択の背景に

 

過去、必死で

「今の自分ではない自分になる為」

 

「不足を補う為」

「ないものを補う為」

 

くり返していた20代の頃の

「学び」の経験を

少し赤裸々に

書いてみようと思います 照れ 恋の矢

 

 

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私は、高校時代・・・

部活に没頭し、勉強はほとんどしてこなかったんですよね。

 

クロスカントリースキー部に所属し、打ちこんでいたこともあり、

赤点を採ると合宿や、大会に出場できなくなるので

その為の最低限のラインを採る、

ある意味戦略的で、詰め込む勉強法。

 

 

スキー部というの特性上、

3学期の冬シーズンは合宿、大会の日々だったので

学校には行かず、スキーづけの毎日でした。

 

恥ずかしながら

当時の勉強内容は覚えていませんし

学校の授業や勉強は赤点を採らない為の勉強。

そんな位置づけでしたガーンあせる

 

 

そんな私ですが

専門学校に入学してからは

高校生からの反動!?と言いますか

トレーナー、インストラクターの勉強に夢中になりました。

カラダのこと、トレーニングのこと、毎日新しいことを知るのが楽しくて

高校時代とは一変して

田舎からきた真面目な生徒風に(笑)

 

 

選択授業も

選ばなくてもいいけど、放課後や、夏休みなどに受けれる授業があって

知ることに喜びを感じていた私は

喜んで選択しました。

 

だから!?(そのせいにしておこうかな 汗チュー汗

 

友達づき合いもそんなによくなくって・・・

今思うと、結構孤立してたんだと思うんですね。

当時は田舎から出てきて、孤独感も感じて、結構悩んでいたな~

まぁいい思い出です(^^)

 

そんな専門学校時代を経て

社会人になったのですが

 

フィットネスクラブで勤める中

現実に直面させられる毎日でした。

 

 

実際の現場で、

様々なニーズ、お悩みがあるお客様に対して

しっかりと答えられなかった。

 

様々な症状やニーズに対して

どうアプローチしていいのか

わからなかった。

 

お役に立つことができない。

 

毎日、無力感も味わいつつ

悔しい思いをしていたのを思い出します。

 

 

そこから

時間を見つけては

学びたいものを見つけては

様々なセミナーに参加するようになりました。

 

社会人となり

ペーペーながらも一応自分で稼ぐことができ

生活費などをやりくりしながら、セミナーへ投資できるように✨

 

物欲があまりなかったので、節約生活を送りながら

セミナーに参加する!なんてことをくり返していました。

 

 

トレーナーとしての専門分野の勉強から始まり・・・

栄養学や、メンタルのことや、言葉のことや、

コーチングの手法、自己啓発系

など

様々な学びを重ねていきました。

 

できない自分、わからない自分

そう、

ないものを補うために必死だったんです。

 

社会に出て、仕事をし

自分の無力さや

自分のできない、わからないことを

必死に補う為に学んでいました。

 

 

知らないことを知っていく

できることが増えていく

 

そんな学び自体が

楽しかったのも事実ですが

 

最初の動機はないものを補うためでした。

 

その背景には

このままの自分じゃダメだ。

と常々

自己否定をしていた背景がありました。

 

 

そんな、自身の不足を補うことからではありましたが

 

学ぶ喜びや

そしてお役に立てることが増える喜びも

学びを通して味わってきました。

 

また、学び合いの場で出会える人との繋がりも本当に有難く

ここが掛け替えのない財産にもなっています。

 

 

地元に帰って来てからも

学ぶために

毎月1~2回は東京に行く日々。

 

 

そんなことをくり返していく中で

良質な学びや

本質的な学びにも

出会え

 

そしたら

 

「ないものを必死に補う自分」

 

ここを卒業していることに気づきました。照れラブラブ

 

 

 

私は自己否定の元

自分を受容できずに

その土台がないまま

その上に積み木を一生懸命重ねることをしていたので

 

ここの基礎工事不足だと・・・

土台がしっかりしていないと・・・

 

崩れやすいんですね。

 

 

 

積み重ねることって

 

順番がある

ことも知った。

 

学びにも

「質」があるって

気付かせてもらった。

 

 

よき学びの選択をできるようにもなった実感は

ここ数年でのことになりますが

 

そしたら、私が作りたい「環境」や「場」へ繋がっていきました。

 

 

私は私だから

お伝え出来たり

お役に立てることがある。

そう思えるには時間が掛かりました。

 

 

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ないものを

補うって

自分へのフォーカス。

 

 

でも、私ができることでお役に立つ。

その学びへシフトしたら

それはとことん誰かや何かを喜ばすを考えていける。

「与える」に繋がる。

 

そしたら返ってくる。

 

循環するってこうゆうことなんだね。

 

 

土台を重ねていくって大事ですね。