『何となく周りもそうしてるからー人はなぜ死ぬのかー』(注:イベント用仮想作品) | ワタシ的コーチングのどうでもいい話

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コーチングを学ぶ日々に、感じたこと、気づいたこと、体験したこと、
自分に起きた事などを気が向いたときにシェアするブログ。
コーチングっていったい何するの?コーチングすると何が起こるの?のほんの一例。

 その興奮の終わりを、貴方も知っていると思う。

 世の中が興奮している…という宣伝を、あらゆるメディアが洗脳していた。ボクも、たぶん世の中はそんなものだろうと、冷めている自分の感覚とは別に、そう思い込んでいた。

 事実、職場でも、出勤すれば昨日のスポーツ観戦の結果をせっせと話題にしてる。ましてや、メダルにかかろうものなら、みな、まるで以前からその競技に親しみがあったかのように感動を語っている。ボクは、ほどよく遠巻きに、感動に水を差さぬようにと気を遣いながら、曖昧な相槌をうちのが精いっぱいだった。

 なにせ、出場選手の大半は自分より年下だ…。今会社のなかで、若手、まだまだ使えない未熟者として認識している自分にとってみれば、一方、彼らは、「世界のトップアスリート」だ。その幼少期を犠牲にして、どれだけ、鍛錬に励んだがか知れない…報道アナウンサーの誰しもが、一人前の大人のような尊敬のまなざしを向ける。

 わああああ…歓声とともに、これまでの苦労が報われたような、達成感に満ち足りたアスリートたちが涙する。その映像を見て、ボクが思ったことといえば…「これで、国民栄誉賞にでもなれば、一生年金暮らしできるぞ」という、つまらない想像だ。

 …国民栄誉賞の年金は、ゆうにボクの年収を越えるではないか。

 無関心な様子を装いつつ、その内心は、つまらない嫉妬のために、くさくさしている。彼らほどの努力など、これまで、したこともないのに…。

「ほおお」

 会社の先輩は、明日の納期のために焦り気味な新卒たちを尻目に、今もじっとTVに見入っていた。

 クソが。死ねよ!

 ボクは内心での乗り知りながら、表面では気にした様子もなく、自分の職務をこなしていた。そうだ…つまらない、大した利益も出ない下請けの仕事だ。誰も楽しいと思っていない。先輩だって、それがわかっているから、なるべく誰かに押し付けようとしている。

「なあ。もう一回生まれるならさぁ、こんな奴らに混じりたいよなぁ」

 はああ? あからさまに声を上げるのも躊躇われて、そうっすか…低く唸っただけだ。そんな、過酷なアスリートの世界で、生き残れるようなタマかよ。見るからに、のらりくらりと、そこそこの大学を出て、適当な就職活動をして…そして、そこそこ、ブラックすぎない企業を選んで入社したに違いない。そう、このボクのように。

 いかにも、停滞するに日本を代表するような、生産性のない労働者。それがボクの先輩であり、上司であり…そして、経営者だ。誰しもわかっていることにふたをして、知らないふりをしている。少なくとも、自分の年金がもらえるまでは…と。

 

***続く(かもしれない)***