『 時を経ても幸せを運ぶ朗らかな言葉 』


 今から30年近く前、丁度今頃の季節だったと思います。

洋画家の故尾田龍先生の家に遊びに行かせて頂いた時のことです。


 田舎育ちで姫路市内の地理や町名も全くわからないまま、

ご住所を頼りに初めてのバスに乗りました。


でも、すぐに、

何というバス停で降りればいいのか知らないことに気が付きました。


 慌てて、運転手さんのところ迄行き尋ねました。

が、残念ながら、運転手さんは

尾田先生の名前もご住所に近いバス停もご存知ありませんでした。


それでも親切に、

運転しながら住所を確認したり考えて下さっていましたが、

わかりません。


 その時、近くにお座りだった女性が明るく声をかけて下さいました。


「 私は、尾田先生のご自宅は知らないのよ。

でも私、日本画を習っていてね、今お稽古に伺っているところなの。


ご住所をお聞きしたら、私の先生のお近くの様だし、

先生にお尋ねしたら、 きっとご存知だと思うわ。

お嬢さん、私と一緒に行きましょう 」


 鮮やかなピンクの口紅。

白地にピンク、ブルー、グリーンの小花の綿のレースのワンピース姿。

華やかで 爽やかな 50歳位のとっても優しそうな女性でした。


 運転手さんもその申し出に、


「よかったですねェ、 一緒に連れて行ってもらいなさい。

(彼女に) お願いします 」 と言って下さいました。


 こんなに素敵な女性と ご一緒できるのが嬉しくて、

私も 内心ウキウキしながらついて行きました。


 バスを降りてしばらく、一軒の日本家屋の前に着くと、

彼女は とても朗らかな大きな声で、

こう言いながらお玄関に入っていらっしゃったのです。


「○○せんせい~、 みなさま~、 おはようございます。

今日は迷子の子猫ちゃんを お連れしましたのよ~!」


 そのお蔭様で、私は無事に

尾田先生のお宅に 辿り着くことができたのですが、


当時の私は、お名前をお聞きすることや、

お礼に伺うことに 心を働かせることができませんでした。


ですから、残念ながらそれ以後一度もお会いできないままです。


 でも、今でも

彼女の朗らかなお声は 晴れやかに耳の奥に残っていて、

想いだす度に 幸せな気分になります。