「何事もなく」人生を終える確率とは?完璧な人生という幻想と、私たちが本当に目指すべきもの
「願わくは、大きな病気もせず、心も病まず、平穏無事に人生を全うしたい」
多くの人が、心のどこかでそう願っているのではないでしょうか。障害もなく、大きな手術も経験せず、学校や会社を休むほどの心の不調もなく、穏やかに一生を終える。それは、誰もが憧れる「理想の人生」かもしれません。
では、この「何事もない人生」を送れる確率は、一体どれくらいあるのでしょうか?
この問いの答えを探る旅は、もしかしたら私たちの「生き方」や「幸せ」そのものを見つめ直す、大切なきっかけになるかもしれません。
先に結論:正確な「確率」は、誰にも分からない
まず、この記事の結論からお伝えします。
冒頭の問いに対する**「正確な確率」は、残念ながら誰にも算出できません。**
なぜなら、「大きい病気」や「障害」の定義は人それぞれですし、人生で起こる無数の出来事をすべて追跡し、統計を取ることは不可能だからです。
しかし、私たちは公的なデータを一つひとつ見ていくことで、「何事もなく」人生を終えることが、いかに天文学的に難しいかを知ることはできます。
人生のデコボコ道:各イベントの遭遇率を見てみよう
ここでは、いくつかの要素について、私たちが一生のうちに経験する可能性をデータで見ていきましょう。
1. がん(大きい病気の代表として)
国立がん研究センターの最新データ(2019年)によると、**日本人が一生のうちに「がん」と診断される確率は、男性で65.5%、女性で51.2%**です。 これは、2人に1人が、生涯で一度はがんと向き合うことを意味します。
2. 入院・手術
厚生労働省の調査を見ると、私たちが病気やケガで入院する確率は決して低くありません。また、生命保険文化センターの調査では、直近5年間で入院し、手術を受けた人の割合は約10人に1人にのぼります。これを一生涯で考えれば、何らかの外科的処置を経験する可能性はさらに高まるでしょう。
3. 精神疾患(うつ病など)
「こころの病」も、決して他人事ではありません。厚生労働省によると、うつ病・うつ状態を経験したことがある人の割合は、日本では約15人に1人。これは生涯有病率であり、実際に医療機関にかかった人の数なので、診断されていない抑うつ状態の人を含めると、さらに多くの人が心の不調を経験していると考えられます。 今や、精神疾患は「がん」「脳卒中」「急性心筋梗塞」「糖尿病」と並ぶ**「5大疾病」**の一つとして、国も対策に乗り出しています。
4. 不登校
文部科学省の2022年度の調査では、小・中学校における不登校児童生徒数は約30万人にのぼり、過去最多を更新しました。これは、クラスに1人以上は不登校の児童生徒がいる計算になります。多くの子どもたちが、学校という社会に馴染む上で困難を抱えている現実があります。
5. 障害
内閣府の発表によると、日本の人口のうち、何らかの障害者手帳を所持している人は約7.6%。つまり約13人に1人が、障害と共に生きています。これには先天的なものだけでなく、事故や病気による後天的な障害も含まれます。
「何もない人生」は、おそらく存在しない
ここまで見てきた数字は、それぞれが独立したものです。これらを単純に掛け合わせることはできませんが、一つひとつの確率を見るだけでも、「これらすべてを避けて通れる人」が、いかに少数派であるかは想像に難くありません。
むしろ、人生のどこかのステージで、病気、ケガ、心の不調、人間関係のつまずきといった、何らかの困難に直面することの方が「普通」だと言えるのかもしれません。
「何もない平穏な人生」は、私たちが抱く美しい「幻想」であり、現実の世界には、おそらく存在しないのです。
視点を変える:目指すべきは「無菌室」ではなく「しなやかな心」
では、私たちは絶望すればいいのでしょうか?もちろん、違います。
大切なのは、人生に対する「前提」を変えてみることです。
私たちが目指すべきなのは、無菌室のように何のリスクもない「完璧な人生」ではありません。大小さまざまなデコボコがある道を、転んでも、傷ついても、また立ち上がって歩き続けるための**「しなやかな心(レジリエンス)」**を育むことではないでしょうか。
病気や困難は、人生の「失敗」や「落伍」ではありません。それは、多くの人が経験する、人生の「標準装備」の一つです。そう捉え直したとき、私たちは他人の痛みにも、自分の弱さにも、少しだけ優しくなれるのかもしれません。
まとめ:デコボコ道こそが、私たちの生きる道
「障害もなく、手術や大きい病気もなく、不登校やうつ病にならずに生を全うしたい」
その願いの根底にあるのは、「健やかに、心穏やかに、幸せに生きたい」という、誰もが持つ切実な思いです。
その幸せは、すべての困難を避けることによって得られるのではなく、困難と共存し、それを乗り越え、誰かと支え合う中で見出していくもの。完璧ではない自分を許し、完璧ではない他者と手を取り合って、デコボコ道を一歩一歩進んでいく。
その道のりの一つひとつにこそ、私たちの人生の豊かさが宿っているのだと、私は信じています。